テキストじゃなくてボイスメモを送ってくる男——その意味に気づいた朝
「声の方が全部伝わる気がして」。そのひとことで、私の聴き方が変わった。
最初にボイスメモが来たのは、Tappleでやりとりを始めて3日目の夜だった。
「タイプするの疲れたので声で送ります」という短いテキストの後、再生ボタンのアイコンが届いた。1分21秒。
聴いてみると、低めの声で「えーと、さっきの映画の話の続きなんですが……」と始まる。テキストより少し間があって、言いかけてやめたり、笑ったりしながら話している。1分21秒の中に、彼の部屋の空気が入っていた。夜の静かな感じ、遠くで車の音、そういうものが全部入っていた。
聴き終わって、スマホを置いた。
「どう返すんだ、これ」と思った。
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Tappleでマッチングした彼——渉——は、プロフィールに「深夜のLINEが得意です」と書いていた。「夜型ですか」と聞いたら「昼間は雑念が多くて、夜の方が考えがまとまる」と返ってきた。「それわかります」と私が言ったら「わかる人に言いたかった」と来た。
そのやりとりから始まって、毎晩テキストでLINEを送り合っていた。映画、音楽、仕事、どうでもいい話。その流れでボイスメモが来た。
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「声でもいいですか」と返したら「いいです」と来た。「でもボイスメモ、送ったことなくて」「慣れたら楽ですよ」。
スマホのマイクに向かって話すのが、なぜかこんなに恥ずかしいとは思わなかった。「えーと」と言って録音を止めて消した。また始めた。「映画の話だったんですけど……」と言いながら、自分の声が想像より低くて驚いた。「こんな声だったっけ」と思いながら、なんとか1分弱話した。
SENDした後、「変じゃなかったかな」と5分くらい思っていた。
「いい声ですね」と返ってきた。「そんなことないです」「いや、落ち着いてる。聴きやすい」。
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2週間経って、気づいたことがあった。
毎晩、アプリを開いたとき、テキストのメッセージよりも再生ボタンのアイコンを探していた。声の方が、「待っていた」という感じが強かった。アイコンを押す前の一瞬、心臓が少し動く。テキストにはない感覚だった。
友人の沙織に「最近どんな感じ?」と聞かれて、ボイスメモの話をした。
「それ好きじゃん」と即言われた。
「声を送ってくる人のことが好き、という話をしてる」と沙織は言った。「声に恋してる」。
「声に恋してる」という表現が、少し大げさだと思ったけど、否定できなかった。アイコンを押す前のあの一瞬は、確かにそういう感じがしていた。
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ある夜、帰宅してから渉のボイスメモが届いていた。
「今日、山手線に乗ってて、みんなスマホ見てて静かで、でもたぶん全員誰かと繋がろうとしてるんだと思って、なんかおかしいな面白いなと思った。会いたいです、今度。声だけじゃなくて」。
「会いたいです、今度」という最後の一言が、耳の奥で残った。
初めてのボイスメモを送った。「会いたいです」。それだけ。3秒の録音だった。SEND する前に15秒考えた。でも押した。
既読になって、10秒後にボイスメモが返ってきた。再生すると、「よかった」という一言だけだった。声が少し温かかった。夜の、ほっとしたような声。
声は、テキストより正直だ。感情が乗ってくる。それが、ときどき怖くて、でもそれが好きな理由でもある。
あの3秒の「会いたいです」を送ってから、二人で実際に会った。声で知っていた人の顔は、思ったより穏やかだった。でも声はそのままで、ほっとした。
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「会いたいです」を3秒で録音して送った。その3秒の勇気が、実際に会う日に繋がった。ボイスメモは、言い訳をする時間を与えない。
声で送るということは、声の全部を渡すということだ。テキストは編集できる。声は、一発本番だ。それが怖かった分だけ、「よかった」という一言が温かかった。
渉は今でも疲れたときはボイスメモで送ってくる。「声の方が本音が出る」と言った。私も今は普通に送れるようになった。自分の声が、恥ずかしくなくなった。
アイコンを押す前の一瞬の心臓の動きが、今でも好きだ。声は、テキストより先に気持ちを伝える。
声で送るようになってから、LINEの頻度は変わっていないのに、渉との距離が変わった気がした。テキストは記録で、声は存在だ。両方必要だと今は思う。でも声の方が、少しだけ近い。
声で「会いたいです」と言えた日から、渉と実際に会えるようになった。言葉の形が変わると、関係の形も変わる。
渉の声を、毎晩聴くようになった。声の中に、今日の疲れ具合、機嫌、空気感が全部入っている。テキストには入らないもの。
今夜もアイコンが届くはずだ。押す前の一瞬の、あの感覚が好きだ。
声があれば、距離は関係ない。渉と話しながら、毎晩そう思う。
3秒の「会いたいです」が、全部を変えた。声に出すことは、テキストより何倍も正直だ。
この記事を書いた人
27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。