恋のアーカイブ
恋愛体験談Tinder

事故のあと、最初に電話したのは彼だった——その意味に気づいたのは翌朝

Tinderで出会って6ヶ月。自転車で転んで、血が出て、咄嗟にかけたのは彼の番号だった。ママでも親友でもなく。気づいたのは翌朝、絆創膏を見たときだった。

28歳・女性の体験
·橘みあ·4分で読める

転んだのは、日曜日の夕方だった。


表参道から渋谷へ向かって自転車を漕いでいたら、道路の段差に前輪を取られた。気づいたら地面に手をついていた。ひざと手のひらに擦り傷、左のひじが血が出ていた。秋の日差しが低くて、アスファルトが橙色に染まっていた。10月の夕方5時、表参道の裏道。通行人が数人、一瞬こちらを見てから視線を戻した。


立ち上がって、自転車を端に寄せた。膝が笑っていた。革のサドルバッグが地面に落ちて、中のコーヒー豆の袋が半分こぼれていた。表参道のスタバで買ってきた豆。週に一度の小さな贅沢。


スマホを取り出した。


LINEを開いた。一番上にある名前に電話をかけた。


2コールで繋がった。


「どうした?」


「転んだ」と言った。声が少し震えた。なんで震えてるんだろう、と思いながら言った。痛いからか、情けないからか、それとも彼の声を聴いたからか、自分でもわからなかった。


「今どこ」


「表参道と渋谷の間。キャットストリートの入り口あたり」


「動ける?」


「動ける。血が出てる」


「わかった、行く」


それだけ言って電話が切れた。問いただすでも、大げさに心配するでもなく、「行く」の一言。奥歯を少し噛んだ。泣きそう、という感覚は、痛みからじゃなかった。


電話を切って、段差のそばに座ってハンカチで腕を押さえた。通行人が「大丈夫ですか」と声をかけてくれた。「大丈夫です、ありがとうございます」と答えた。スカートの膝が汚れていた。来週もここを通るのに、もう段差の位置は絶対覚えた、と思った。


15分後、彼が来た。


コンビニの袋を持っていた。救急セットを買ってきていた。絆創膏、消毒液、ガーゼ。キャップのポケットに滑り込ませたように、ローソンのレジ袋がくしゃっとしていた。走ってきたのか、少し息が切れていた。


「ちょっと見せて」と言って、腕の傷を確認して、「思ったよりひどくないな」と言った。


処置してもらいながら、私は何も言えなかった。しゃべる気力がなかったというか、なんか泣きそうで。消毒液がひじにしみた。「痛い」と顔をしかめると、彼が「ごめん」と言いながら続けた。謝る必要はないのに、と思った。


「痛い?」


「痛い」


「そうだよな」


それだけだった。同情も励ましもなく、「そうだよな」とだけ言った。大丈夫だよ、でも、もっと気をつけなよ、でもなく。ただ「そうだよな」。なぜかその一言が一番、胸に落ちた。


近くのカフェに入って、あたたかいものを飲んだ。私はコーンポタージュで、彼はブレンドコーヒーだった。窓際の席。日が暮れて、キャットストリートに街灯がともり始めた。彼はポテトも注文して、「食べて」と言った。さっきまで転倒の動揺があったのに、揚げたてのポテトを食べながら、なんとなく落ち着いてきた。


「自転車、大丈夫だった?」


「車輪は無事でした。ハンドルが少し曲がったかも」


「帰り、押して帰る?」


「押せると思う。ありがとう、来てくれて」


「まあ、近くにいたから」


彼の部屋は恵比寿で、表参道は確かに遠くない。でも「近くにいたから」という言い方が、なんか好きだった。大げさにしない。でもちゃんと来る。


1時間ほどして落ち着いて、帰った。


翌朝、起きてひじの絆創膏を見た。ドラッグストアの救急セットに入っている、ベージュのロール絆創膏。少し大きめに切って、ガーゼを当ててから貼ってある。丁寧な処置の跡だった。


そこで初めて気づいた。


電話をかけたとき、頭の中で選んでいない。お母さんでも、親友のかれんでもなく、咄嗟に彼に電話していた。LINEの一番上にある名前、という意味もあるけど、一番上にいるのは最近よく連絡を取っている人だ。つまり——。


ぼんやりそんなことを考えていたら、彼からLINEが来た。


「ひじ、大丈夫?」


返信を打ちながら、指先が少し震えた。なんで震えてるんだろう、また。今度は痛みじゃない。昨日と同じ、でも昨日とは別の理由だ、ということだけわかった。


「大丈夫。昨日ありがとう」


「どういたしまして。段差、気をつけて」


「気をつけます。コーヒー豆、半分こぼれたのが悔しかった」


「笑 それ大事なの」


「大事です、週イチの贅沢なので」


「じゃあ今週末、また買いに行きましょう。今度は一緒に」


6ヶ月付き合って、何回デートして、何回一緒に笑って、でも自分がどう思っているかは曖昧にしてきた。好きとか、大事とか、そういう言葉を口に出さなかった。なんか言ったら急に本物になってしまう気がして、怖かった。


でも、緊急のとき、体が先に答えを出していた。


転倒して血が出て、怖くて、最初に繋げたかった声が彼だった。それが、私の答えだった。


絆創膏は3日間貼っていた。剥がすのが、少し惜しかった。

この記事を書いた人

橘みあマッチングアプリ体験談ライター

27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。

この記事が刺さったら、シェアしてください

恋愛体験談」はまだ 185 本あります

恋愛体験談をすべて読む

次の記事

初デートの前夜、彼のInstagramを掘ったら2年前の私が出てきた