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恋愛体験談

5ヶ月間テキストで好きになって、会うのが怖かった

InstagramのコメントからDMへ。カメラという共通の趣味が結んだ関係は、文字の中だけで育ちすぎていた。「このまま会わずに好きになるのは怖い」——そう気づいた夜、私は初めて提案した。

·橘みあ·6分で読める

最初のコメントは、去年の五月だった。


代々木公園で撮った銀杏の写真に、見知らぬアカウントから通知が来た。「この光の感じ、どのレンズですか」。フォロワーでもなかった。プロフィールを開くと、モノクロの街角写真が並んでいて、一枚一枚の影の落とし方が好みだった。返信した。Canon 50mm、f1.4で開放気味に、と。


それだけのはずだった。


でも彼は「開放好きなんですね、自分もそっちに寄せてて」と続けて、私も「わかります、少し滲む感じが」と打ち返して、気づいたらDMに移っていた。六月の終わりごろ。


夏の間、毎日ではないけれど、ほぼ毎日やりとりした。彼が中野の路地で撮った猫の写真を送ってくれて、私は下北沢のレコードショップの前の光を返した。カメラの話から始まって、好きな映画の話になって、子どもの頃の話になって。文字を読むたびに、スマホを持つ手がじわっと温かくなるような感覚があった。


「会いませんか」は、彼から先に来た。七月だった。


私は三日、返信を寝かせた。


嫌だったわけじゃない。むしろ逆で、それが怖かった。テキストの中の彼は完璧に近かった。返信の間合いが心地いい。言葉の選び方が丁寧。写真の趣味が合う。現実の声も、歩き方も、食べるときの顔も知らないまま、私は輪郭のない人間を好きになりかけていた。会って、がっかりしたくなかった。いや、もっと正確に言うと——会って、好きになりすぎるのが怖かった。


「今は少し忙しくて」と返した。嘘じゃないけど、本当でもなかった。


それから三ヶ月、会わないままやりとりを続けた。彼は一度だけ「また誘っていいですか」と聞いてきて、私は「うん、そのうち」と曖昧に流した。そのうち、って何だろうと自分でも思いながら。


変わったのは、十月の雨の夜だった。


布団の中でスマホを持ちながら、彼が送ってきた写真を見ていた。傘の骨に雨粒が光っている、小さい写真。「今日の帰り道」とだけ書いてあった。それを見た瞬間、胸の中でなにかがゆっくり傾いた。この人の帰り道がどんな場所か知らない。どの電車に乗っているかも。傘の色すら知らない。


テキストで好きになるのは、怖い。


会わずに育てた感情は、実体がない。相手が存在しているのに、自分の頭の中で形を作り続けている。それはもう、相手を好きなんじゃなくて、自分が作った像を好きなんじゃないか。そう気づいたとき、急に自分が滑稽になった。


「会いたいです、来週末どうですか」と打って、送信した。返信は三分で来た。「ずっと待ってました」。


待ち合わせは、渋谷のスクランブル交差点近くのカフェにした。Fuglen Tokyoにしようか迷って、結局ロースタリーのほうにした。十一月の土曜日、十一時。


彼は五分早く来ていた。


ドアを開けた瞬間、目が合った。思ったより背が高かった。思ったより普通の顔だった。いい意味で。スマホを持ったまま立ち上がって、「あ、」と言いかけて止めた。私も「あ、」と言った。二人して笑った。


コーヒーを頼んで、最初の十五分くらい、妙にちぐはぐだった。文字で話すときの間合いと、声で話すときの間合いが全然違う。彼は少し早口で、私が思ってたより声が低かった。返答が来るまで一秒もかからなくて、最初はその速さに慣れなかった。


でも、カメラの話を始めたら、すぐに戻ってきた。


「フィルムも撮るんですか」と彼が聞いて、「最近やっと現像に出せるようになって」と私が答えたら、「自分で出すんですか」「ううん、恵比寿のスタジオに」「あそこ好きです」——そこから止まらなくなった。話しながら、ああ、この人はちゃんとここにいる、と思った。体温がある。コーヒーを飲むときに少し目を細める。話を聞くとき、少し前のめりになる。


五ヶ月分の解像度が、一時間で追いついた気がした。


カフェを出て、代官山の方まで歩いた。寒かった。彼がたまに立ち止まって、スマホじゃなくてちゃんとカメラを出して、路地を撮っていた。私もカメラを持ってきていたけど、この日はあまり撮れなかった。彼を撮りたいような、でも撮ったら何かが変わるような、そんな気がして。


帰り際、「また撮りに行きませんか」と彼が言った。今度は一秒も迷わなかった。


今思うと、私が怖がっていたのは「がっかりすること」じゃなかった。テキストの関係は、自分がコントロールできる。返信を寝かせられる。言葉を選んで、整えて、送れる。でも実際に会ったら、そのコントロールが効かなくなる。顔色を読まれる。笑うタイミングも。どんな顔で話を聞いているかも、全部見える。


怖かったのは、相手に見られることだった。


スクリーンの向こうにいる間は、見せたい自分だけ見せていられる。それが心地よかった。でもその心地よさは、どこか薄い。薄いものを積み上げても、ある日突然、全部砂みたいにさらさらと崩れる気がしていた。


会って初めてわかった。この人は、私の整えていない部分を見ても、ちゃんとそこにいてくれる。それだけで、ずっと怖かったものが少し小さくなった。


文字の中の恋は、安全だけど輪郭がない。会うことは怖いけど、それだけが本物に近づく唯一の道だった。

この記事を書いた人

橘みあマッチングアプリ体験談ライター

27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。

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