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恋愛体験談エッセイ

野良猫のせいで話しかけた夜に後悔した。知らない人との縁

11月の吉祥寺、サンロードから一本外れた路地でしゃがんでいたら声をかけてきた人がいた。キジトラの野良猫を挟んで話して、それだけのはずだったのに気づいたら毎週会っていた。偶然の出会い体験談——縁って、こんなふうに転がり込んでくる。

24歳・女性の体験
·橘みあ·6分で読める

正直に言う。猫がいなければ話しかけなかったのに、話しかけた。


サンロードの喧騒から一本だけ外れた細い路地に、気がつくと迷い込んでいた。別に急ぐ予定もなかった。ただ、人混みに飽きていた。コートのポケットに手を突っ込んで、アスファルトを見ながら歩いていたら、足元にそれがいた。


オレンジがかったキジトラ。まん丸で、丸々していて、片耳がほんの少し欠けていた。


私はとっさにしゃがんだ。「かわいい」という言葉が、声に出る前に消えた。近づいても動じない。手を差し出したら、鼻でくんくん嗅いで、それからそっぽを向いた。完璧な無関心。なんかわかる、と思った。


「この子、よくここにいますよ」


声がして、心臓が跳ねた。振り返ったら、同じように猫を見ている人がいた。30代前半くらい。コーヒーカップを片手に持って、薄手のチェックシャツ。寒くないのかな、と思った。それが最初の印象だった。


「名前、あるんですか?」


「自分が勝手にサブって呼んでるだけで。えさはあげてないんですけど、なぜかよくいる」


「サブって渋い名前ですね」


「なんとなく。サブロウとかサブウェイとかじゃなくて、サブって感じだなって」


猫を挟んで、話した。サブは二人のやりとりを聞いているようで、聞いていないようで、ただそこにいた。前足をきれいに折りたたんで、どこか遠くを見ていた。


カフェの話になった。「このへんよく来るんですか」と聞いたら、月一くらいで、と言いながら指をさした。小さな看板が路地の奥に見えた。入ったことのない店だった。古いレコードのジャケットみたいなもの。昼間に前を通ったことはあったかもしれない。でも入ろうとは思ったことがなかった。


「マスターが古い音楽かけてて、コーヒーがうまい」


「へえ」


「今度行ってみてください」少し間があって。「じゃあ一緒に行きます?」


変な間のあとに出てくる誘いじゃなかった。それが自然な流れみたいに言われた。直球、という言葉が浮かんだ。


「え」と言ってから「いいんですか?」と言った。「もちろん」と言われた。


スマホを出して、連絡先を交換した。サブはまだそこにいた。何も気にしていないような顔で。


路地を出てから、動悸みたいなものがあった。恋、じゃないかもしれない。ただの、非日常に触れたときのざわめき。それでも足取りが少し軽くて、自分でも少し、笑えた。


猫のいるカフェへ


---


翌週の土曜日、そのカフェに行った。


店の名前は「WOODY」。吉祥寺の中でも、知っている人しか知らない、みたいな顔をした店。内装は古いレコードのジャケットが壁に貼ってあって、カウンターに4席、テーブルが2つだけ。マスターが60代くらいで、私たちが入ると「いらっしゃい」と言って、何も聞かずに音量を少し下げた。ブルーノートのジャズが、遠くで泳ぐような音量になった。


コーヒーが来た。一口飲んで、あ、うまい、と思った。


「本当においしい」と言ったら「でしょう」と嬉しそうに言われた。その「でしょう」の顔が、なんか、よかった。自慢じゃなくて、共有したかったんだという顔。


「サブ、今日もいましたよ、来る途中」


「帰りに会えるかも」


そういう会話が続いた。恋バナでも、身の上話でも、重い話でもない。ただ、テンポがよかった。沈黙も変じゃなかった。ジャズの音が埋めてくれるから。


WOODYを出たら、サブはいなかった。「今日はいないですね」と言ったら「まあ、気まぐれなので」と言われた。猫みたいですね、と言いかけてやめた。なんとなく。


翌週も、また会った。今度は彼が教えてくれたのが、中道通り沿いのパンとコーヒーの小さな店だった。名前は「はちどり舎」。窓際の席に座って、ライ麦のパンをちぎりながら話した。2時間があっという間だった。


振り返ると毎週になっていた。


吉祥寺のどこかで待ち合わせて、何かを食べて、歩いて、話した。井の頭公園を一周したこともあった。雨で途中で引き返したこともあった。特別なことは何もしていないのに、また会いたいと思っていた。それが嬉しいのか、こわいのか、よくわからなかった。


好きなのかもしれない。でもまだわからない。そういう状態を、ずっと抱えていた。確認したくなかったのかもしれない。確認したら、何かが変わる気がして。


距離が縮まるまで


---


3ヶ月後。


路地裏を通りがかったとき、サブがいた。「いた」と指さしたら「毎週いる」と言われた。


「名付け親なんだから責任持って」


「責任持ってますよ、ちゃんと見守ってます」


「そのついでに私のことも」


言ってから、あ、と思った。冗談っぽく言ったつもりだったのに、少し間があいた。


「ついでじゃないです」


静かに言われた。路地裏の、夕方の空気の中で。サブは知らん顔で毛繕いをしていた。


胸の奥がぎゅっとなった。ぎゅっとして、それから、じわっとした。なんと言えばよかったのか、今でもよくわからない。そのとき私は「そっか」とだけ言って、なんとなく前を向いた。


それが告白だったのか確認したのは、1週間後だった。


「あの、ついでじゃないっていうのは」


「好きです」


「……そうか」


「そうか、って」


「嬉しかったから変な返し方してしまった」


笑われた。私も笑った。WOODY のジャズみたいに、少し遅れて音が届く感じがした。


サブとふたりで


---


今もサブは路地裏にいるらしい。たまに一緒に会いに行く。会うたびに「えさあげないの」と言ってしまう。毎回「あげない」と言われる。それでも毎週いる、とサブは知っていて、私たちも知っている。


猫がいなければ出会わなかったのに、あの夜の縁がある。

よくある質問

どこで出会ったのですか?
11月の吉祥寺、サンロードから一本外れた細い路地裏です。野良猫にしゃがんでいたところに声をかけられたのが始まりでした。
声をかけてきたのは相手の方からですか?
はい、筆者がしゃがんで猫と向き合っているところに、「この子、よくここにいますよ」と相手が先に声をかけてきました。その言葉で心臓が跳ねたと書かれています。

この記事を書いた人

橘みあマッチングアプリ体験談ライター

27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。

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