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恋愛体験談Pairs

55歳で初めてPairsを開いた。娘に教わりながらプロフィールを書いた夜

妻を亡くして3年。28歳の娘に「お父さん、Pairsやってみなよ」と言われた。スマホの画面を娘と一緒に覗き込みながらプロフィールを書いた。55歳の指で「趣味」の欄をタップしたとき、手が震えた。

55・男性の体験
·橘みあ·6分で読める

府中の一戸建て、リビングのソファで、娘の美咲がスマホを差し出してきた。画面にはPairsのダウンロード画面。


「お父さん、これやってみなよ」


2023年の秋、妻の三回忌が終わった翌月だった。55歳。府中市役所の事務職。定年まであと5年。


「お前、何言ってんの」


「だってお父さん、毎晩テレビ見てビール飲んで寝るだけじゃん。休みの日も散歩して図書館行って帰ってくるだけだし」


美咲は28歳で、目黒のIT企業に勤めている。自分もPairsで彼氏を見つけたらしい。2ヶ月前に聞いた。


「55のおっさんがやるもんじゃないだろ、これ」


「50代の人も結構いるんだよ。ほら、見て」


娘がスマホを操作して、50代のプロフィール一覧を見せてきた。確かに、50代の女性がいる。写真を見ると、自分と同じくらいの年齢の人たちが、笑顔でこちらを見ている。


胸の奥が、きゅっとなった。この人たちも、誰かを亡くしたか、離婚したか、ずっと独りだったか。事情はそれぞれだろうけど、スマホの画面の中で笑っている。


娘とプロフィールを書いた夜


その夜、リビングのテーブルにスマホを置いて、娘と並んでプロフィールを作った。


写真で詰まった。最近の写真がない。自撮りの習慣もない。


「お母さんとの写真しかないんだけど」


「……それは使えないよ、お父さん」


美咲の声が少しだけ柔らかくなった。


結局、美咲がその場でスマホを構えて撮ってくれた。リビングのソファに座って、ぎこちなく笑った写真。「もうちょっと自然に笑って」「できないよ、カメラ向けられると」。3枚撮って、2枚目を使った。


自己紹介文は難しかった。「何書けばいいんだ」「趣味とか、好きなこととか」「散歩と読書と……」「お父さん、もうちょっとなんかない?」「……料理はするな。妻が亡くなってから自分で作るようになった」「それ書いて。自炊してる男の人、ポイント高いから」


娘に「ポイント」と言われるのが妙に気恥ずかしくて、缶ビールを一口飲んだ。


吉祥寺の喫茶店で


マッチしたのは3人。そのうち1人とメッセージが2週間続いた。52歳、離婚して8年、吉祥寺に住んでいるという女性。


会うことになったとき、心臓が破裂するかと思った。デートなんて30年ぶりだ。妻と最後にデートらしいデートをしたのはいつだっただろう。思い出せない。


吉祥寺の井の頭通り沿いの喫茶店。煉瓦造りの古い店。入口で相手の顔を見た瞬間、足が止まった。写真より少し老けて見えた。たぶん向こうも同じことを思っただろう。


「……はじめまして」


声がうわずった。55歳のおっさんの声がうわずった。


彼女はコーヒーを頼んだ。私もコーヒーを頼んだ。最初の5分、何を話したか覚えていない。天気の話をしたと思う。吉祥寺の再開発の話をしたかもしれない。


15分くらい経って、ようやく肩の力が抜けた。彼女が「井の頭公園の桜、今年は早かったですね」と言って、「ああ、うちの近くの府中の桜も早かったです」と返した。普通の会話。普通の会話が、30年ぶりだと泣きそうになるほど温かい。


職場で言えない


府中市役所の総務課で、昼休みに同僚と弁当を食べているとき。「休みの日、何してるの」と聞かれた。


「散歩したり、図書館行ったり」


いつもの答えを返した。「マッチングアプリを始めた」とは言えない。55歳の市役所職員がPairsをやっていると言ったら、どんな反応をされるか。笑われるか、心配されるか。どちらも嫌だ。


娘にはオープンに話せる。でも同世代の同僚には言えない。この温度差が不思議だった。世代の違いなのか、親子だから言えるのか。


妻が生きていたら「あなた、何やってるの」と笑っただろうか。「いいんじゃない、やってみなよ」と言っただろうか。妻の声が思い出せそうで思い出せない。2年経つと、声のトーンが曖昧になる。それが怖い。


妻の話をしていいのか分からない


2回目のデートはまだしていない。来週の土曜日に約束している。


娘に報告したら、「よかったじゃん」と笑っていた。


1つだけ、ずっと考えていることがある。彼女との会話の中で、妻の話をしていいのか。「妻が好きだった店」「妻と住んでいた家」。自分の人生の大部分は妻と一緒だった。それを全部隠して話すのは不自然だし、でも新しい人の前で前の妻の話ばかりするのも違う気がする。


その線引きが分からない。美咲に聞いたら「自然に出る分はいいと思うよ。わざわざ話す必要はないけど」と言われた。


55歳で新しく誰かと出会うことが、妻への裏切りなのか、それとも妻が望んでいることなのか。答えは出ない。出ないまま、来週の土曜日が来る。


仏壇の前で手を合わせた。妻の写真が笑っている。結婚25周年のときに鎌倉で撮った写真。


「行ってきます」と、声に出して言った。デートに行く前に妻に報告するのは変だろうか。変かもしれない。でも言わないと、なんとなく後ろめたい。


美咲が「お父さん、楽しんできてね」とLINEをくれた。28歳の娘に背中を押されている55歳。格好がつかないけど、格好がつかないまま行くしかない。

この記事を書いた人

橘みあマッチングアプリ体験談ライター

27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。

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