恋のアーカイブ
恋愛体験談

アプリに疲れた3ヶ月が、ちゃんと私を正しい場所に連れていってくれた

出会いを完全にやめていた冬、友人から「一回だけ」と言われた恵比寿のイタリアンで、引き分けのプログラマーに会った。断りかけた夜のことを、今でも何度も思い返す。

·橘みあ·6分で読める

11月だった、たしか。


会社の帰り、有楽町線の車内でスマホを開いて、マッチングアプリのアイコンを長押しして、削除した。ためらいは三秒もなかった。10人と会って、そのうちの何人かと2回・3回と続いて、でも何かが足りなかった。何が足りないのかも、うまく言えないまま疲れていた。スクロールするたびに「この人、どんな笑い方をするんだろう」という疑問が積み上がって、会うたびに答え合わせをして、また違った、という感覚だけが残った。


消耗、という言葉が一番近い。


それから3ヶ月。友人からLINEが来た日は、土曜の昼間で、洗濯物を干しながらぼーっとしていた。「ちょっと紹介したい人がいるんだけど」。既読をつけてしばらく置いた。気乗り、しなかった。しなかったというより、エネルギーがなかった。また自己紹介をするのか、また趣味の話をするのか、また「今何してるんですか」から始めるのか——そういう疲れがまだ体の中に残っていた。


断る文章を打ちかけた。「ちょっと今は——」


送る前に、友人からもう一件来た。「絶対に合うから、一回だけ会って」。


一回だけ、という言葉に、なぜか止まった。プレッシャーじゃなくて、期限みたいな感じがした。一回だけなら、一回だけなら。断るのも説明するのも面倒だったのも本当のことだ。でも「一回だけ」という言葉が、かろうじて背中を押した。


「わかった、行く」と送った。


---


恵比寿のイタリアン、駅から5分くらい歩く路地の中にあるお店だった。木の扉が重くて、開けた瞬間にバターと白ワインのにおいがした。予約は友人の名前で、奥のテーブルに先に座って待っている人が見えた。


スーツじゃなかった。グレーのセーター。眼鏡。席に近づいたら立ち上がって、「はじめまして」と言った。


「よろしくお願いします」と私は返した。


ぎこちなかった。お互いに。友人カップルがいなかったら、もっとぎこちなかったと思う。着席してすぐ、メニューを開くふりをしながら、「なんでここにいるんだろう」と一瞬だけ思った。


ほぐれたのは、前菜のカルパッチョが来たあたりだった。


友人の大学時代の失敗談——合コンで場所を間違えて全然知らない人たちの飲み会に1時間いた話——で、4人が同時に笑った。その瞬間、何かが変わった。空気の温度みたいなものが。


「最近どんな仕事してるんですか」

「プログラマーです、地味な仕事なんですけど」

「地味とは」

「ほぼ画面と戦ってます」

「どちらが勝ってますか」

「引き分けです」


笑った。ちゃんと笑った。パスタが来て、赤ワインが減って、友人たちの会話に乗っかりながら、でも気づいたら彼とだけ話していた。声のトーン、話すテンポ、笑い方。文字じゃわからないものが、全部そこにあった。


気づいたら4時間経っていた。


---


アプリを使っていたとき、会うまでわからないことが多すぎた。「趣味は映画鑑賞」と書いてあっても、どんな映画館で、どんな姿勢で観るのか、全然わからない。好きな食べ物を聞いて、それが「パスタ」だったとして、どんな食べ方をするのかは、実際に向かいに座ってみるまで謎のままだった。


紹介の場合は違う。


「まじめだけど話しやすい」「食べることが好きで、いいお店よく知ってる」——友人からそれだけ聞いていた。少ない情報量だ。でもその少なさが、かえってよかった。期待値の設定が、アプリのプロフィールよりずっとナチュラルだった。会って「たしかに」と思えた。カルパッチョを選んだのも彼だったし、ワインの選び方も迷わなかった。


それに、友人という共通点があることで、完全な他人じゃなかった。「この人と友人が何年も付き合っているということは」という、言語化できない安心感。アプリの初対面と違って、最初から少し地に足がついていた気がした。浮いていなかった、という感じ。


---


2人で会うようになって、1ヶ月後に付き合い始めた。


代官山 蔦屋書店の近くのカフェで、2回目に会った。3回目は渋谷のバーで、彼が「ここ好きなんです」と連れていってくれた。ジャズが流れていて、カウンターが狭くて、隣に座るしかない距離だった。その夜、帰り道で少し手が触れた。たぶん偶然じゃなかった。


付き合い始めて少し経ってから、私は「アプリを再開しようとしていたんですよ、ちょうど紹介される少し前に」と言った。


「紹介でよかった」と彼は言った。


「私もそう思います」と言った。ちょっと間があいてから、笑った。2人で。


「なんで友人の紹介に応じたんですか」と逆に聞いてみた。


「断るのが面倒だったので」


笑った。正直すぎる。でも、私と同じだった。


「正直な人ですね」

「あなたもそうでしょ」

「はい」


アプリも紹介も、どちらかが絶対にいいということじゃない、たぶん。出会い方に正解はなくて、タイミングと体力と、あと少しの運みたいなものが重なるかどうか、それだけな気がする。


ただ、消耗したまま動き続けなくてよかった、とは思う。11月に削除して、3ヶ月だらだら休んでいた時間が、何かをリセットしてくれた。気力でも、期待値でも、「こういう人に会いたい」という感覚でも。疲れたまま会っていたら、あの夜の4時間が4時間に感じられなかったかもしれない。


「やめていた3ヶ月があったから、この人に会えた」と思っている。断らなくてよかった。面倒くさかったけど、断らなくてよかった。


あのとき送りかけた「ちょっと今は——」を、送らなくてよかった。


---


休んでいた時間は、無駄じゃなかった。ただ、次に進むための余白だった。

この記事を書いた人

橘みあマッチングアプリ体験談ライター

27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。

この記事が刺さったら、シェアしてください

恋愛体験談」はまだ 185 本あります

恋愛体験談をすべて読む

次の記事

「婚活」という言葉が嫌いだった31歳の秋、私は何から逃げていたのか