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恋愛体験談

「婚活」という言葉が嫌いだった31歳の秋、私は何から逃げていたのか

恋愛と結婚を別物だと思っていた。でも彼に「将来を真剣に考えられない」と言われ続けて気づいた。私こそが、「今好き」と「将来」を切り離して生きていたことに。

·橘みあ·6分で読める

10月の渋谷は、夏が終わったふりをするのが下手だ。


スクランブル交差点を渡るたびに、まだ少し蒸れた風が首筋に当たる。ヒートテックを出すには早くて、でもTシャツでは夜が寒い、そういう中途半端な季節。31歳の秋は、ずっとそんな体感温度だった。


「婚活」という言葉が、嫌いだった。


どこが嫌いかというと、全部が嫌いだった。婚、と活、を合体させるセンスが。それを事業として成立させている社会が。そして何より、その言葉を使わなければ話が進まない年齢に、気づいたら自分がなっていたことが。


彼と付き合い始めたのは29歳の春で、出会いはマッチングアプリだったけど、それを言うのがなんとなく恥ずかしくて、友人の紹介ということにしていた時期がある。彼も同じ気持ちだったのか確認したことはない。それくらい、ふわっとした関係の始まりだった。


好きだった。本当に。


渋谷の「ログロード」の奥にあるクラフトビールの店で、彼が頼んだIPAを一口もらいながら笑っていた時間は、嘘じゃなかった。新宿の映画館でヴィム・ヴェンダースの映画を観て、出てきたらふたりとも何も言えなくて、ただ夜の歌舞伎町を歩いた夜も、好きだと思っていた。


でも。


「将来のことは、まだちゃんと考えられてなくて」


彼はよくそう言った。付き合って半年のときも、一年のときも、一年半になっても。最初は「まだ」という副詞を信じていた。まだ、ということはいつかは、という意味だと思っていたから。でも「まだ」は更新されるだけで、消費されなかった。


ある夜、渋谷から少し歩いた代官山の路地で、私は初めて正面から聞いた。


「結婚、考えてる?私たちのこと」


彼は少し間を置いて、


「……それって、今聞く?」


と言った。責めているわけじゃない声だったけど、私の胸の下あたりが急に重くなった。石でも飲み込んだみたいに。


「今聞かないと、いつ聞くの」


声が思ったより低く出た。怒っているつもりはなかった、たぶん。ただ、どこかで限界だったのだと思う。


彼の答えは「わからない」だった。それだけだった。


---


別れてから三か月、私は自分のことを「婚活嫌い」から「婚活してみようかな」に更新することができなかった。


友人のさやかが「Omiai登録したよ」と言ったとき、


「えっ、婚活アプリじゃん」


と反射で言ってしまった私に、彼女は少し笑ってから、


「そうだけど、何が違うの」


と言った。何が、違うのか。


私が嫌いだったのは「婚活」という言葉の背後にある、打算とか、スペックシートみたいな感覚とか、恋愛を就活と同じ枠組みで語ること、だと思っていた。恋愛はもっと偶然で、感覚で、出会いが先にあって感情が後からついてくるものだと信じていた。


だから「結婚したいから付き合う」という順序が、生理的に受け付けなかった。


でも。


――でも、私が彼に二年間求めていたのは、何だったのか。


「将来のこと、真剣に考えてほしい」


私は彼にそう思っていた。でも私自身は、ちゃんと考えていたのか。「今好き」と「将来を共にしたい」を、本当につなげて考えていたか。


違う。


私は「今好き」という感情の純度を守ることに必死で、「将来」という言葉が入ってくると、それが恋愛の純粋さを汚すような気がしていた。彼と同じだった。同じように、切り離していた。ただ方向が逆なだけで。


彼は「将来」から逃げていて、私は「将来を考えることで今の感情が変質すること」から逃げていた。


どちらも、向き合っていなかった。


10月の終わり、夜の11時過ぎ。


私はひとり暮らしの部屋のベッドの上で、スマートフォンを持ったまま、しばらく天井を見ていた。エアコンをつけるかつけないか迷う温度。部屋に流していたHigedandanの「Subtitle」が、一番のサビを越えたあたり。


「Omiai」のダウンロードボタンを、押した。


打算だとか、スペックだとか、そういう言葉が頭をよぎる。でも同時に思った。「今好き」と「将来を考えている」を最初から両方持って会いに行く人と、話してみたい。私が二年間できなかったことを、最初から前提にしている場所に、行ってみたい。


登録画面の「生年月日」に1993年を入力しながら、なんとも言えない気持ちになった。泣きたいわけじゃない。でも深呼吸したくなる、そういう感じ。


「婚活」という言葉が嫌いだったのは、たぶん本当だ。今でも少しそう思っている。でも、その言葉を嫌いでいることで、私は「ちゃんと選ぶこと」から目を背けていた気もする。


恋愛の偶然性を信じすぎて、意志を持つことを怖がっていた。


画面に自分のプロフィール写真を設定して、アプリを閉じた。外はもう完全に冷えていて、やっとヒートテックが必要な夜になっていた。


「今好き」と「この人と生きたい」は、本来ひとつの感情だったのかもしれない。私がずっと、ふたつに割いていただけで。

この記事を書いた人

橘みあマッチングアプリ体験談ライター

27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。

このテーマを読む:婚活体験談

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