好きな本が同じだったのに2年後に別れた夜。後悔している
深夜のマッチングアプリで「好きな作家:村上春樹と角田光代」を見て、それだけでいいねを押した。「ノルウェイの森か国境の南か、どっちが好き?」から始まった2年間。好きな本が同じでも、埋められないものがあった。
正直に言う。好きな本が同じだったのに、2年後に話が通じなかった。たまま、窓の外には小雨。
「好きな作家は? 村上春樹と角田光代」
画面を止めた。指先が、止まった。
私も、同じだった。それだけでいいねを押した。深夜の、たぶん少し正気じゃない時間に。
「国境の南」という合言葉
最初のメッセージは翌朝来た。「ノルウェイの森か国境の南か、どっちが好きですか?」
シンプルな質問だった。でも、聞いてくる人間がいるとは思っていなかった。だいたいみんな「趣味は?」か「仕事は何してるの?」から入る。
「国境の南、です。ずっと後味が引きずられるやつ」
少し迷って、「ずっと後味が引きずられるやつ」という部分を付け加えた。削ろうとして、やめた。正直に言いたかった。
「私も」と返ってきた。
たった二文字。でも、その二文字で、胸が、かすかに、音を立てた気がした。
はじめて会ったのは、代官山のログロードにある小さなカフェだった。十一月の土曜日の昼下がり、枯れかけた蔦が外壁に這っていて、店内にはチェット・ベイカーが流れていた。
彼はすでに窓際に座っていて、文庫本を読んでいた。角田光代の『八日目の蟬』。
「それ、読んでるんですか」と言ったら、「再読です、何度目か忘れた」と言った。
好きな本が同じ人間に、生まれて初めて会った。そのことが、じわじわと、体温が上がるような感覚をくれた。
コーヒーが冷めても話していた。本の話、作家の話、どの場面が好きか、どのセリフを何度も読み返したか。時間が、ふだんの三倍くらいの速さで過ぎた。
帰り道、雨が降り出した。信号待ちで並んで立っていたら、彼が傘を差し出した。「どうぞ」でも「使って」でもなく、ただ無言で差し出した。その不器用さが、なんか、よかった。
クリスマスイブの告白
付き合い始めたのはその二か月後。クリスマスイブ。青山の、静かなバーで。
彼が「好きです」と言った。突然ではなかった。でも、その言葉が来たとき、胸の奥で何かが、ゆっくりほどけた気がした。答えは、もう決まっていた。
「私も」と言った。
彼は少し笑った。照れた笑い。普段は感情があまり顔に出ない人なのに、そのときだけ、そういう顔をした。カウンターのグラスが、バーの照明を受けて光っていた。外は寒かった。でも、そのとき私は何も寒くなかった。
付き合って最初の冬、一緒に本屋へよく行った。同じ棚の前に並んで、「これ読んだ?」「読んだ、どう思った?」という話をした。意見が合うことも、合わないこともあった。合わないときの方が、話が長くなった。
彼は感想を言うとき、必ず最後に「あなたはどう思う?」と聞いた。その習慣が、好きだった。私の答えを、ちゃんと聞こうとしていた。
今も、二人で同じ本を読むことがある。同じページで止まって、同じセリフに線を引いていることがある。そういうとき、言葉より先に、何かが通じる感じがする。
深夜一時のいいね一つが、ここまで来るとは思っていなかった。
違う言語を話し始めた日
1年目の終わり頃から、本棚に並ぶ本が変わり始めた。彼は『コンビニ人間』を読んで「これ、すごくわかる」と言った。私にはわからなかった。私が『ナミヤ雑貨店の奇蹟』を薦めたとき、彼は半分で読むのをやめた。「ちょっと甘すぎて」と苦笑いした。
下北沢のB&Bに一緒に行ったことがあった。2年目の梅雨の日、傘を2本差して歩いて。店に入った瞬間、古い紙とインクの匂いがした。背表紙を指でなぞりながら店内を回って、30分後に見せ合った本が全然違った。彼はポール・オースターの新刊を持っていて、私は益田ミリのエッセイを持っていた。
「趣味が合う」と思って始まった関係が、「趣味が合わない」ことに気づく瞬間は、静かに来る。喧嘩にならない。ただ、共有できるものが減っていく。夜、ベッドで隣同士にいて、それぞれ違う本を読んでいる。ページをめくる音だけが部屋にあった。
「ねえ、最近なに読んでる?」と聞いたとき、彼が「うーん、仕事の本」と答えた。それ以上聞かなかった。聞く気力がなかった。
最後に二人で同じ本の話をしたのがいつだったか、思い出せない。本が好きだった二人が、本の話をしなくなった。それが別れの前兆だったと、終わってからわかった。
渋谷のワンルームに戻って、一人で本棚を眺めた。村上春樹と角田光代の横に、彼が置いていったポール・オースターが1冊残っていた。
開いたら、栞が挟まってあった。半分のところに。最後まで読めなかったのか、途中で何かに気づいたのか。
好きな本が同じだったのに。でもそれは、同じ言語を話していたわけじゃなかった。
よくある質問
どんなきっかけで話し始めたのですか?↓
「好きな本が同じ」なのに、なぜ2年後に別の言語を話していたのですか?↓
最終的にどうなったのですか?↓
この記事を書いた人
27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。