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恋愛体験談

朝7時、私が起きる時間に彼は眠りにつく。それでも2年間、離れなかった理由

起きる時間と寝る時間が同じ、そんなふたりが重なれたのは1日たった8時間だけ。下北沢の土曜日と、寝ぼけた声の電話が、すれ違いを愛おしさに変えていった。

·橘みあ·6分で読める

6時半。


カーテンの隙間から光が入ってきて、私はコーヒーを淹れる。豆はいつもカルディで買う深煎り。挽きたての香りが部屋に広がるころ、スマホを見る。彼からのLINEはない。当たり前だ。彼はまだ、眠っていないから。


付き合い始めて最初の1ヶ月で、これは普通じゃないな、と気づいた。


彼はフリーランスのWebデザイナーだった。クライアントとのやりとりは深夜、制作も夜中。打ち合わせが昼か夕方に入るから、起きるのが14時前後で、眠るのがだいたい朝の7時前後——そういう生活。「だいたい7時前後に寝ます」と言われたとき、一瞬意味がわからなかった。「朝7時に?」「はい」。私が起きる時間に、彼は眠りにつく。


お互いの生活が重なる時間は、1日8時間だけだった。


彼が起きてくる14時から、私が眠くなる22時まで。その8時間だけ。平日のLINEは夕方に集中した。「今日の昼休みに面白いことがあって」という話を、気持ちが冷めた夕方に改めて立ち上げる。その「面白い」を、もう一度温め直す感覚。じわじわと、疲れていった。


最初は「これ続くのかな」という感覚が、胃のあたりにずっとあった。夜寝る前に「おやすみ」を送りたくても、彼はまだ仕事中だった。朝起きて「おはよう」を送っても、返ってくるのは昼過ぎだった。距離があるわけじゃない。時間が、ずれていた。


3ヶ月目の夜、吉祥寺のイタリアンで白ワインを飲みながら、やっと話した。


「なんか、生活リズムが違いすぎて……寂しいって思うことが、ある」


言葉にした瞬間、喉の奥が少し熱くなった。言わなくていいかな、と何度も思ったやつだった。


彼はグラスを置いて、こっちを見た。「言ってくれてよかった。気づかなかった、ごめん」


「謝らなくていい。どうするか一緒に考えたかっただけ」


「……じゃあ」と彼は少し間を置いた。「週に一回、私が早起きする日を作ります。土曜日、9時に起きます」


その言葉の重さが、わかった。夜型の人間が9時に起きるのは、私が朝4時に起こされるのと同じくらいしんどいはずだ。それを、あっさりと言った。


翌週の土曜日、9時02分に「起きました」とLINEが来た。


いつもより漢字が少なかった。「大丈夫?」と送ると「ねむいです でもいいです」と返ってきた。その「でもいいです」の4文字が、ずっと胸に引っかかった。好きだった、その不器用な言い切り方が。


土曜日は昼から会うようにした。彼が少し覚醒してくる13時ごろ、下北沢の改札で待ち合わせる。シャツの襟が少し曲がったまま来ることもあった。直してあげると「ありがとうございます」と眠そうな顔で言った。レコード屋を冷やかして、古着屋をのぞいて、夕方に駅前の中華で餃子を食べる。21時ごろに解散する。それが、私たちの週1ルーティンになった。


週をまたいで泊まることも増えた。「土曜の昼から日曜の夜まで」という形で、まとまった時間を作るようにした。私が先に寝る。彼は夜中に起きて仕事する。朝、目が覚めると横で彼がようやく眠っている——そのすれ違いを「一緒に過ごす」ことで、なにかが変わった。邪魔しない、という関係が自然に生まれた。私が眠っている間、彼は集中できる。彼が眠っている朝、私は一人の時間を持てる。お互いの時間を奪わずにいられる。それは、思いがけない心地よさだった。


でも、しんどかった日もある。


10月の雨の日曜日だった。用事が急になくなって、午後2時に部屋で一人でいた。窓を雨が打っていた。「会いたい」が、じわじわと膨らんだ。でも彼はまだ、眠っていた。夕方に起きてくるのを待つしかなかった。スマホを伏せて、また持ち上げて。その数時間が、やたらと長かった。


そのことを後日話したら、彼は少し考えてから言った。「会いたいなら起こしていい」


「……起こしていいの?」


「会いたいんでしょ」


「うん」


「じゃあ起こして」


それだけだった。それ以来、どうしても会いたくなった朝は電話した。3コールくらいで出る。「……なんですか」という、寝ぼけた声。その声を聞くと、胸のどこかがゆるんだ。会えなくても、声があればよかった。そういうことに、少しずつ気づいていった。


2年間、生活リズムの違いで終わったことは一度もない。


今ならわかる。問題は「違うこと」じゃなかった。違うことに対して、どう動くか。それだけだった。「早起きします」と言えた彼と、「寂しい」と言えた私。その2つが噛み合ったから、続いた。どちらかが黙ったままだったら、たぶん3ヶ月目の吉祥寺で終わっていた。


気持ちがある限り、方法は見つかる——なんて、きれいにまとめたくない。


ただ、朝7時に「起きました」と送ってきた人のことを、今でも思い出す。漢字が少なくて、眠そうで、それでもいいと言った人のことを。


愛情は、ズレを埋めるものじゃなく、ズレごと抱えて動けるかどうかの話だった。

この記事を書いた人

橘みあマッチングアプリ体験談ライター

27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。

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