手作りのプレゼントをもらって、何も言えなかった夜
「変かもしれないけど」と言いながら渡された小さな箱。歪んだ木製フレームの中に、知らないうちに撮られていた私がいた。声が詰まって、ありがとうも言えなくて、それでも全部、伝わっていた夜の話。
十一月の終わり、東京はもう冬の匂いがした。
渋谷の路地を抜けたところにある小さなカフェ。窓の外で銀杏の葉が舗道に貼りついていて、店内はひとつひとつのテーブルに小さなキャンドルが灯っていた。週末の夜、二十二時近かったと思う。周りのカップルがそれぞれの会話に沈んでいて、私たちもコーヒーのカップを両手で包みながら、とりとめのない話をしていた。
「あの、これ」
彼が急に口をつぐんで、バッグから小さな箱を取り出した。クラフト紙に包まれていた。リボンなし。テープの貼り方が少し雑だった。
「プレゼント、ちょっと変かもしれないけど」
声が少し低くなっていた。目が合わなかった。テーブルの木目を見ながら、箱を私の方に滑らせてくる。その仕草が、なんだか子どもみたいで。
受け取った。軽かった。
ゆっくり包みを開けると、木製の小さなフレームが出てきた。手のひらに収まるくらいの大きさ。そこに一枚の写真が収められていた。
お台場の夜景だった。
秋の初め、二人で行った夜。レインボーブリッジが光って、水面がそれを映して、風が少し冷たかった日。私は欄干に寄りかかって遠くを見ていた。それだけの写真。私の横顔と、遠い光。撮られていたことすら知らなかった。
喉の奥が、きゅっとなった。
フレームをよく見ると、少し歪んでいた。角が完全な直角じゃない。木の表面に細かい削り跡が残っていて、ニスの塗り方も均一じゃなかった。明らかに、手で作ったもの。
「変でしたか」
彼がそう聞いてきた。
「変じゃないです」
声が出た。でもそれだけだった。続く言葉が見つからなくて、また口を閉じた。「ありがとう」と言おうとした。喉のあたりで詰まって、出てこなかった。
「買ったものより安っぽくてごめんなさい」
「そんなことない」
また詰まった。二回、同じことが起きた。店内のジャズがやけに遠くに聞こえた。Blue Giantのサントラに入っていそうな、静かなやつ。
彼は少し困ったような顔をしていた。でも責めてはいなかった。ただ、私の様子をじっと見ていた。
なぜ言葉が出てこなかったのか、あのとき自分でもわからなかった。
今ならわかる。手間の重さに、圧されたのだと思う。
写真を選んで、プリントして、フレームを木から切り出して、削って、組み立てて、ニスを塗った。どのくらいかかったんだろう。週末の昼間とか、仕事終わりの夜とか、私のことを頭の中に置きながら作業していた時間が、あの歪んだ枠の中に全部詰まっていた。
買えばもっときれいだった。東急ハンズでも無印良品でも、千円出せば均一なフレームは手に入る。でも彼は買わなかった。
そこに、なにかがあった。言語化できない種類のなにかが。
気持ち、という言葉は軽すぎる気がして使いたくなかった。でも確かに、あの歪みの中に、私のことを考え続けた時間が形になって存在していた。そういうものを突然手のひらに乗せられて、「ありがとう」の四文字に収める方法が、私にはわからなかった。
カフェを出ると夜風が冷たくて、息が少し白くなった。渋谷の喧騒が遠くから押し寄せてくる感じ。センター街の方から酔った笑い声が流れてきて、私たちはしばらく無言で歩いた。
「今日は早めに帰りますね」
私がそう言うと、彼は「うん」とだけ言った。
電車に乗る前に少しだけ目が合った。何か言おうとして、また言葉が見当たらなくて、私は少し笑ってから改札に入った。ちゃんと笑えていたかどうかもわからない。
帰り道の山手線、ずっとフレームを膝の上に置いていた。包み直した紙越しに触ると、角の歪みが指先に伝わってくる。隣に座ったOLらしき人がスマホをスクロールしていて、車内アナウンスが駅名を読み上げていて、私だけ時間の流れが違う場所にいるみたいだった。
部屋に帰って、コートも脱がずに机の上にフレームを置いた。
お台場の夜景が、そこにあった。水面の光。私の横顔。知らないうちに切り取られた、何でもない瞬間。
LINEを開いた。打っては消した。また打った。
あわせて読みたい
フェスで偶然会った人と、テントの中で朝まで話した夏
苗場の夜、みんなが笑うより少し遅れて笑う人がいた。人混みに押されて、気づいたら隣にいた。空が白くなるまで話して、寝るのが惜しかった、あの夜のことを。
「ありがとうございました、すごく嬉しかったです。うまく言えなくてごめんなさい」
送信した。既読がついた。少しして返信が来た。
「言えてましたよ」
「声で聞こえてました」
そうか、と思った。声に出ていたのか。私には詰まって消えたように感じていたのに、彼には聞こえていた。
そのことが、なんだかすごく、——うまく言えないけど。
フレームを手に取って、歪んだ角を指でなぞった。完璧じゃない木の表面。削り跡。均一じゃないニス。
完璧じゃないものの方が、ずっと長く手元に残る気がする。完璧なものはいつかガラスケースの中にしまいたくなるけど、歪んだものは机の上に置いておきたくなる。毎日触れる場所に。
あのフレームは今も机の上にある。引越しのときも持ってきた。新しい部屋でも、同じ場所に置いている。
少し歪んでいるのが、好きだ。
あの夜、うまく言えなかった「ありがとう」は、たぶん今もずっと、詰まったままそこにある。
言葉にならないものは、消えるんじゃなくて、形になって残るのかもしれない。
この記事を書いた人
27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。