転職活動中にマッチングアプリを始めた。仕事が決まったとき、一緒に喜んでくれた人がいた
3社目の面接が落ちた夜、彼とマッチングした。内定の電話が来た夜、10秒で返ってきた「よかった」の重さは、3ヶ月分の時間でできていた。
転職活動を始めたのと、マッチングアプリを始めたのが、ほぼ同じ週だった。
「暗くなってる場合じゃない」と思ったのか、それとも逃げ場を探していたのか。今でもどっちだったのか、うまく言葉にできない。たぶん、両方。
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11月の終わり。渋谷のスタバで、3社目の面接対策をしていた夜のことをよく覚えている。窓の外、ヒカリエのビルが橙色に光っていて、通行人はみんな早足で、誰も私の存在なんて気にしていなかった。ノートパソコンの画面には「志望動機を3分で言えるようにしておくこと」と書いてあって、カフェラテはもう冷めていた。
翌日、3社目の面接が終わった。手応えは、なかった。
エレベーターを降りて、ビルのロビーで立ち止まって、スマホを開いた。マッチングアプリの通知が来ていた。反射的にタップした。逃げるみたいに。
彼だった。
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プロフィールに「転職中です」と書いていたのは、自分でも少し迷った末のことだった。書かない方が印象いいのかな、とは思った。でも消せなかった。嘘ついた状態で会いたくなかったのかもしれない。今の自分の、一番でかい文脈を隠したくなかった。
彼からの最初のメッセージは、短かった。
「転職、大変そうですね。うまくいくといいですね」
それだけだった。
変なプレッシャーもなかった。「今どんな業界受けてるんですか」みたいな詮索もなかった。「絶対うまくいきますよ!」みたいな根拠のない励ましでもなかった。ただ、そう言われた。それだけで、なぜか胸の奥の何かが、少しだけゆるんだ。
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最初に会ったのは、12月の初旬。代官山の小さなイタリアンだった。
彼は、私の転職の話を聞いた。でも、ずっと聞いているわけでもなかった。途中から、全然関係ない話になった。好きな映画の話とか、実家の犬が最近老けてきたとか、そういう話。私は久しぶりに、転職のことを忘れた時間があった。
帰り道、東横線のホームで電車を待ちながら、「また会いたい」と思った。それが恋なのか、安心感への依存なのか、その時点ではわからなかった。正直、今でも完全には切り分けられない。
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3ヶ月、月に1〜2回会い続けた。
面接の話をすることもあったし、全然しないこともあった。「今日どうだった?」と聞かれることも、ほとんどなかった。私が話したければ話す、それだけの空気があった。
1月に4社目が落ちた夜、LINEで「うまくいかなかった」と送った。
「そうか」と返ってきた。
それだけ。アドバイスも、「次があるよ」も、なかった。
最初は「何か言ってくれてもいいのに」と思った。でも、画面をじっと見ていたら、「そうか」の二文字がじわじわ染みてきた。私の話を、ちゃんと受け取った、という感じ。軽くあしらわれてもなく、大げさに同情されてもなく。ただ、受け取られた。
喉のあたりが、じんとした。
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2月の終わり。5社目の結果を待ちながら、私はひどく疲れていた。
転職活動って、不思議なストレスがある。頑張ればいいわけじゃないし、うまくいかなくても自分が全部悪いわけでもない。でも、落ちるたびに「自分に何かが足りない」と思ってしまう。それを、誰かに言ってもうまく伝わらなかった。「気にしすぎだよ」って返ってくることが多かった。
彼には、一度だけ言ってみた。「落ちるたびに、ちょっとずつ自信がなくなっていく感じがある」と。
彼は少し考えてから、「そうなるよな」と言った。
否定しなかった。解決しようともしなかった。ただ「そうなるよな」と言った。
Billie Eilishの曲が有線で流れていた。窓の外は雨だった。その夜のことは、細かいところまで覚えている。
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内定の電話が来たのは、3月の平日の夕方だった。
会社を出て、外に出た瞬間に着信が鳴った。「採用します」という言葉を聞いた瞬間、うまく反応できなくて、「……ありがとうございます」と言うのが精一杯だった。電話を切って、道の端に寄って、しばらくそのまま立っていた。
泣くかと思ったけど、泣かなかった。ただ、ぼんやりと、「終わった」と思った。
それから、スマホを開いた。家族より先に、彼にLINEした。
「内定もらえた」
10秒くらいで、返信が来た。
「よかった」
それだけだった。
でも、その「よかった」の重さが、全然違った。3ヶ月の時間でできた「よかった」だった。面接が落ちた夜も、疲れた顔で会いに行った夜も、「そうか」と言ってくれた夜も、全部含まれていた。
そこで初めて、泣いた。駅の手前の横断歩道で、信号待ちしながら。
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次に会ったとき、「あの3ヶ月、一緒にいてくれてありがとう」と言った。
彼はすこし困った顔をして、「私は何もしてないです」と言った。
「いてくれたことがよかった」と返したら、少し間があった。
スマホの画面を見ながら、彼が打っているのがわかった。既読がついてから、返信が来るまで、少し時間があった。
「付き合いませんか」
笑った。声に出して笑ってしまった。プロポーズみたいな言葉がLINEで来るとは思っていなくて。でも、それがすごく彼らしかった。
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今でも思う。あの3ヶ月、彼が「頑張れ」と言っていたら、たぶん違った。正しいアドバイスをくれていたら、「ありがたい人」で終わっていたかもしれない。
何もしない、ということの重さを、あの頃の私は知らなかった。
不安な時期に隣にいた人というのは、その不安ごと、知っている人だ。
この記事を書いた人
27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。