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恋愛体験談

33歳の春、7年ぶりに知らない人の前で泣いた私はまだ、ちゃんと生きていた

離婚から1年。吉祥寺のカフェで会った彼の前で、突然涙が出た。怖かった。でも同時に、また誰かと話せている自分が、どこか信じられなかった。

33歳・女性の体験
·橘みあ·6分で読める

離婚が成立したのは、33歳の秋だった。


弁護士事務所を出たとき、外はもう暗くて、駅までの道にある居酒屋の看板がやけに明るかった。「お疲れさまでした」と担当の方に言われて、私は「ありがとうございます」と答えた。おつかれさま、って言葉がこんなふうに使われる日が来るとは思っていなかった。


家に帰って、お風呂に入って、何も食べずに寝た。

泣かなかった。もう泣き尽くしていたのか、それとも実感がなかったのか、今でもわからない。


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翌年の春。友人の麻衣から「マッチングアプリ、試してみない?」と言われたのは、恵比寿のワインバーでふたりで飲んでいた夜だった。4月の終わり、窓の外で桜がもう散り始めていた。


「まだ早いかな」と言ったら、「早いって何が?」と聞き返された。


何が、って。わからなかった。「傷が癒えていない」というほど傷ついているわけでもなく、かといって「もう大丈夫」とも言い切れない。宙ぶらりんのまま半年が過ぎていた。


アプリをダウンロードしたのは、それからさらに半年後。秋の終わりだった。


プロフィールを書くとき、一番迷ったのは「バツイチ」と書くかどうかだった。隠せるなら隠したい気持ちも、正直あった。でも、書いた。同じ経験をした人に届いた方がいいと思った。それより正確に言うと、同じ経験をした人じゃないと、きっと私の話を聞いてもらえない気がした。


3週間、メッセージを続けた相手がいた。

34歳。同じく離婚経験あり、とプロフィールに書いていた。


メッセージは丁寧で、急かさなかった。仕事の話、どうでもいい話、深い話は一切しなかった。それが逆に、よかった。


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会うことになったのは11月の土曜日。

吉祥寺のカフェを彼が選んだ。「ハモニカ横丁の近くの、わりと静かな店なので」とメッセージで送ってきた。


待ち合わせの30分前に着いてしまって、井の頭公園のそばをひとりで歩いた。風が冷たかった。枯れ葉が足元をすり抜けていく音がした。イヤフォンで何か聞こうとして、プレイリストを開いて、やめた。静かな方がよかった。


彼は時間ちょうどに来た。写真より少し背が高かった。「寒かったですよね」と言われた。「いえ、ちょうど良かったです」と答えた。嘘だった。


カフェの中は暖かくて、コーヒーが来て、彼が何かを話し始めた。仕事のこと、だったと思う。ちゃんと聞いていた。


でも話し始めて10分くらいで、急に、胸の奥が締まった。


泣きそうだ、と気づいたとき、もう目が熱くなっていた。


「すみません」と言って、バッグからティッシュを出した。手が少し震えていた気がする。「ちょっと待ってください、なんか…」言いかけて、止まった。うまく続けられなかった。


彼は何も言わなかった。コーヒーカップを両手で持って、ただそこにいた。


少し落ち着いてから、「7年ぶりに、知らない人と会ったんだなって」と言った。「急に気づいて」


前の夫と出会ったのが26歳のとき。それから離婚するまで、誰かと「初めまして」する場面が、ほとんどなかった。合コンも、飲み会も、断り続けていた。必要がないと思っていた。


7年。長いようで、気づかなかった。


「そうですよね」と彼は言った。

責めなかった。引かなかった。ただ、「そうですよね」だった。


その3文字が、なぜかいちばん効いた。


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泣いた理由を、今でも整理しようとすることがある。


また傷つくことへの恐怖、だったと思う。怖かった。また誰かと時間を積み上げて、また失うかもしれないということが。


でも同時に、「解放された」という感覚もあった。もう誰かを怖がりながら愛さなくていい、そういう意味での解放ではなく、もっと単純な——また誰かと話せる、という、それだけのことへの安堵。


「また誰かと話せる」なんて、当たり前のことのはずだった。でも33歳の秋に弁護士事務所を出たあの夜から、それがどこか信じられなくなっていた。自分には、もうその資格がないような気がしていた。資格って何だよ、とは思う。でも気持ちには、論理が通じない。


彼の前で泣いたとき、その「信じられなかったこと」が現実になっている感覚があった。

私はちゃんと、ここにいる。知らない人の前に座って、コーヒーを飲もうとしている。


それだけで、涙が出た。


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その日のデートは2時間で終わった。


吉祥寺の駅の前で別れるとき、「また会えますか?」と聞いた。自分でも驚くくらい、ちゃんとした声で言えた。


「もちろんです」と彼は言った。


電車に乗って、Spotifyで久しぶりに宇多田ヒカルを流した。何の曲でもよかった。ただ音楽が聴きたかった。あの夜は、静かじゃない方がよかった。


今は3ヶ月、付き合っている。スローペース、という言葉がいちばん合っている。週に1回会って、長い電話はしない。でも確かに、続いている。


先週、ふたりで歩いていたら急に風が強くなって、目にゴミが入った。「大丈夫?」と言われて、涙目になりながら「なんか急に泣きそう」とふざけたら、彼が笑って、「泣きそうになったらちゃんと泣いていいですよ」と言った。


最初のデートで言われた言葉と、同じだった。


彼が覚えていて言ったのか、自然と出た言葉なのか、聞かなかった。聞かなくてもいいと思った。


どちらにしても、彼はそういう人なのだ。


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誰かの前で泣けるようになることが、再出発なのかもしれない。強くなることじゃなくて。

この記事を書いた人

橘みあマッチングアプリ体験談ライター

27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。

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