恋のアーカイブ
恋愛体験談Omiai

会社の先輩をOmiaiで見つけた月曜、私は出社できなかった

日曜の深夜、スワイプした指が凍った。見覚えのある横顔。隣の部署の、あの先輩だった。

20代前半・女性の体験
·橘みあ·8分で読める

日曜の深夜1時。三軒茶屋のワンルーム。ベッドに寝転がって、Omiaiを開いていた。


23歳、IT企業の営業事務、2年目。Omiaiを始めて2ヶ月。いいねは結構もらえるけど、会ってみると「あ、違う」が続いて、疲れ始めていた時期。YOASOBIの「夜に駆ける」をリピートしながら、惰性でプロフィール検索。右、左、左、左——


指が止まった。


横顔の写真。カフェのテラス席で、アイスコーヒーを持って笑ってる。見覚えがある。この笑い方。口角の上がり方。


隣の部署の、田中先輩。


3つ上。法人営業部。月曜の朝礼でたまに目が合う人。社食で偶然隣になった時、「味噌汁の具、今日当たりだね」って話しかけてくれた人。それだけ。それだけの人。


血の気が一気に引いた。指先が冷たくなる。スマホを取り落としそうになって、両手で握り直した。


プロフィールを見てしまった。身長175cm。趣味:映画鑑賞、ランニング、料理。好きなタイプ:「一緒にいて自然体でいられる人」。


知らなかった。田中先輩が料理するとか。映画好きとか。会社では仕事の話しかしないから、この人にプライベートがあるということ自体を、ちゃんと考えたことがなかった。


写真をスワイプした。2枚目。鎌倉っぽい海辺で犬と一緒に写ってる。柴犬。先輩の目尻のシワが優しい。3枚目。手作りっぽいパスタの写真。盛り付けが意外と丁寧。


胸がざわざわする。見ちゃいけないものを見ている感覚。でも目が離せない。


スマホを裏返してベッドに置いた。天井を見る。蛍光灯のカバーに虫の影が映ってる。


「見なかったことに」


声に出して言ってみた。無理。もう見た。


そして最悪なことに、心臓がまだドクドクいってる。これは気まずさだけじゃない。何か別の、もっと厄介なものが混じってる。


月曜の朝。目覚ましが6時半に鳴った。体が重い。起きたくない。今日は先輩と同じフロアで8時間過ごさなきゃいけない。


「体調不良で休みます」


LINEを打ちかけて、消した。逃げてどうする。永遠に出社しないわけにはいかない。


無印良品のベージュのブラウスに黒のパンツ。いつもの通勤服。鏡の前で3回着替え直した。なんで? 誰に見せるわけでもないのに。嘘。自分でもわかってる。


会社に着いた。エレベーターで5階に上がる。ドアが開いた瞬間、廊下の向こうに田中先輩がいた。紺のネクタイ、白シャツ、腕まくり。コーヒーカップを持って、同僚と笑ってる。


「おはようございます」


声がうわずった。先輩がこっちを向いた。


「おう、おはよう」


いつも通り。何も変わらない。当たり前だ。先輩は私がプロフを見たことなんて知らない。知らないよね? Omiaiって足跡つくんだっけ? つく。つくわ。終わった。


午前中、まったく仕事が手につかなかった。Excelの数字がぜんぶ田中先輩の顔に見える。見えない。でも集中できない。隣の席のあかりちゃんに「顔色悪くない?」と言われた。


昼。社食。味噌汁を取って席に座ったら、斜め向かいに先輩が座った。


心臓が暴れる。味噌汁を持つ手が震えて、汁がちょっとこぼれた。


「大丈夫?」


先輩がおしぼりを差し出してくれた。その指が近い。爪が短く切ってある。清潔な手だなと思った。


「だ、大丈夫です。ありがとうございます」


先輩は焼き魚定食を食べながら、スマホを一瞬チェックした。画面は見えなかった。見たくなかった。見たかった。


その日の夜。帰りの田園都市線。スマホを開いた。Omiai。


通知が1件。


「田中さんからいいねが届きました」


スマホを取り落とした。マジで落とした。電車の床に。隣の人が拾ってくれた。「ありがとうございます」と言う声が完全に裏返っていた。


先輩が、私に、いいねを送ってきた。


ということは。先輩も私のプロフを見たということ。私が同じ会社の人間だと気づいたということ。気づいた上で、いいねを押したということ。


三軒茶屋で降りて、駅前のドトールに飛び込んだ。ブレンドコーヒーのMを頼んで、窓際の席でスマホを凝視した。


「いいねを返す」ボタン。


親指が震えてる。


押した。


マッチ成立。


3分後、メッセージ。


「気づいてたでしょ?笑」


「気づいてました。今日一日ずっと気まずかったです」


「俺も。味噌汁こぼしたの見て、もしかしてバレたかなって」


「バレてました。というか足跡で先にバレてるのはこっちです」


「あー、足跡ね。それで月曜の朝、目が泳いでたのか」


「泳いでましたか」


「泳いでた。金魚鉢の金魚くらい」


笑った。声が出た。ドトールの店内で一人で笑ってる。怪しい人になってる。


「ていうかさ」先輩のメッセージ。「前から気になってたんだよね。でも社内で声かけるのってハードル高くて。アプリで見つけた時、あ、チャンスだって思った」


指が止まった。ドトールのコーヒーがぬるくなっていることにも気づかなかった。


「私も」


打って、消して、打ち直して、また消して。


「私も、先輩のこと、ちょっと気になってました」


送信。画面を伏せてテーブルに置いた。顔が熱い。耳まで赤くなってるのが自分でわかる。


「ちょっと?」


「……結構」


初デートは翌週の土曜。恵比寿のイタリアン。先輩——いや、この日から「田中さん」は「裕太さん」になった。スーツじゃない裕太さんは、ユニクロのデニムジャケットにボーダーのTシャツで、会社とは全然違う人みたいだった。でも目尻のシワは同じ。


ワインを飲みながら、会社では絶対にしない話をした。裕太さんが大学の時バンドをやっていたこと。Mrs. GREEN APPLEのコピーバンドだったこと。私が高校時代にあいみょんの「マリーゴールド」を文化祭で歌ったこと。


「聞きたい。今度歌って」


「絶対嫌です」


「じゃあ俺がギター弾くから」


「余計嫌です」


笑った。白ワインのグラス越しに目が合って、息が詰まった。会社の蛍光灯の下では気づかなかった。この人の目、すごく優しい茶色をしている。


帰り道。恵比寿の街灯の下。


「月曜から、普通にできるかな。会社で」


裕太さんが頭を掻いた。


「無理かも。味噌汁こぼすかも、今度は俺が」


「それは困ります」


「じゃあ練習しとく。ポーカーフェイスの」


3ヶ月後、付き合い始めた。会社では完璧に隠した。つもりだった。でもあかりちゃんには初日でバレた。「味噌汁2回こぼした日から怪しいと思ってた」と言われた。


半年後。上司に報告した。「頑張れよ」と言われただけだった。拍子抜けした。


今、一緒に暮らしている。朝、同じ電車に乗って、会社の最寄り駅で一緒に降りて、エレベーターの前で別れる。「じゃ」「じゃ」。それだけ。


同僚に見られたらどうしよう、なんてもう思わない。


社食の味噌汁は、二人で飲んだ方がうまい。

この記事を書いた人

橘みあマッチングアプリ体験談ライター

27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。

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