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恋愛体験談

深夜のドライブで、全部話した夜

深夜12時、「少し走りましょうか」のひと言で車が動き出した。湾岸の夜景より、助手席で零れた言葉の方がずっとよかった、あの夜のこと。

·橘みあ·5分で読める

深夜12時に、そう言われた。


「少し走りましょうか」


コートを羽織る間もなく、気づいたら助手席に座っていた。エンジンがかかって、ナビの画面に行き先は入力されないまま、車が動き出した。どこへ行くのかも聞かなかった。いや、聞けなかったのかもしれない。あの人がハンドルを握るときの横顔が、なんとなく、止まらないでいてほしいような顔をしていたから。


首都高の入口を過ぎたあたりで、ようやく聞いた。


「どこ行くんですか」

「どこでも」


それだけ。


窓の外を、夜の海が流れていった。湾岸線に出ると東京湾の黒い水面が見えて、向こう岸の工場の光がオレンジ色に滲んでいた。ラジオをつけたら、知らない曲が流れ始めた。ゆっくりしたテンポで、歌詞が聞き取れないくらい静かな曲。それがかえってよかった。沈黙を塗りつぶすでもなく、会話を遮るでもなく、ただそこにある感じ。


シートベルトの感触がやけにはっきりしていた。


走りながら、話した。


なぜあんなに話せたのか、今でもうまく説明できない。向かい合って座っていないから、顔を見なくていい。暗いから、どんな表情をしていても気づかれない。沈黙が来ても、音楽が静かに埋めてくれる。そういう条件が揃っていたから、というだけじゃなかったと思う。


「実は」という話をした。


仕事のこと。今の仕事が合っているのかずっとわからなくて、でも辞める勇気もなくて、毎朝なんとなく電車に乗っている、という話。家族のこと。母親とうまく話せなくなった時期があって、それがまだ少し続いている、という話。前の恋愛のこと。好きだったのに、なぜか最後の方は会いたくなくなっていた、という話。


カフェで友達に話す内容より、ずっと深いところにあるやつ。ふだん自分でも触らないようにしているところ。それがするするっと出てきた。


言いながら、「あ、言いすぎた」と思う瞬間が何度もあった。でも止まれなかった。


向こうも話してくれた。


「普段こんなこと言わないんですけど」という前置きがついてから、その人の話が始まった。仕事への違和感のこと。ひとりでいることへの慣れと、でも慣れたくない、という矛盾のこと。話しながらどこか遠くを見ているような目をしていた。ハンドルを握ったまま、信号待ちでも前を向いたまま。


私も前を向いたまま、聞いていた。


そのままでいいと思った。顔を見てしまったら、何かが変わりそうで。


高速を降りた。どこかの高台に続く細い道を上って、視界が開けた場所で車が止まった。


東京の夜景が、横に広がっていた。


六本木ヒルズの赤いランプが点滅していて、遠くにレインボーブリッジの光が見えた。手前には住宅地の窓の明かりがびっしりと並んでいて、それぞれの部屋に誰かの夜がある、と思った。深夜なのに、こんなにたくさん。


「よく来るんですか、ここ」

「来ることはないですけど」


少し間があった。


「来たかったんです」


「何のために」


聞いてから、少し後悔した。野暮な質問だったかもしれないと思って。でも答えが返ってきた。


「あなたと来たかったから」


夜景より、その言葉の方がよかった。


胸の奥が、ぎゅっとなった。なんと言えばいいかわからなくて、何も言えなかった。黙ったまま、また前を向いた。夜景が、さっきより少しだけぼやけて見えた。


嬉しい、という言葉では全然足りない。もっと静かで、もっと深いところにある感覚。でもそれと同時に、「これでいいのかな」という気持ちもあった。好きかどうか、ではなくて。この夜が特別すぎて、このあとどうなるかが、少し怖かった。


帰り道、また高速に乗った。


行きと同じ道なのに、景色が違って見えた。ラジオの曲が変わっていた。さっきよりテンポが速い曲で、なんだか少し場違いな感じがして、二人で笑った。何がおかしいのかうまく言えなかったけれど、それでもよかった。


「また来ましょうか」


私が言ったら、「来ましょう」と返ってきた。


「今度は昼間に」と言ったら、「夜の方がいいです」と言われた。


そっか、と思った。昼間じゃない方がいい理由が、私にも少しわかった気がした。あの暗さと、顔が見えない感じと、音楽が埋めてくれる沈黙が必要だったのは、たぶん二人とも同じで。


あれから、また来た。


同じ湾岸線を、同じラジオをつけながら。助手席から見える景色は変わらないのに、話す内容は少しずつ変わっていった。最初はあんなに「言いすぎた」と思っていたのに、今は言い足りないことの方を考えている。


今でも思う。あの夜、どこへも行き先を入力しなかったのは、たぶん正解だった。行き先が決まっていたら、あんなに話せなかったと思う。


好きな人と走るとき、目的地はなくていい。

この記事を書いた人

橘みあマッチングアプリ体験談ライター

27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。

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