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恋愛体験談エッセイ

同じ会社の人を好きになった夜。後悔しそうで、してない話

社内恋愛はしない、と決めていた。別れたら面倒、噂になる、仕事がやりにくくなる。でも11月の田園都市線の朝の電車が、その決意をゆっくりと溶かしていった。同じ会社の人を好きになってはいけないと思っていた、その決意が崩れるまでの話。

27歳・女性の体験
·橘みあ·6分で読める

正直に言う。社内恋愛はしないと決めていたのに。


理由なんて、すぐに三つ出てくる。別れたときが面倒くさい。噂になる。仕事がやりにくくなる。恋愛と仕事は、きれいに切り分けておくほうがいい。そう信じていたし、そう信じていたかった。


通勤路の出会い


---


十一月の渋谷駅は、いつも人の体温でぬるい。


ハチ公口から地下に降りて、田園都市線のホームに向かう長い通路。その日も満員で、肩がぶつかりそうになりながら歩いていた。乗り換えの流れに乗って階段を降りたとき、ふと隣に彼女がいることに気づいた。同じ部署の、でも話したことはほとんどない、あの人。


「あれ、同じ方向ですか」


彼女が先に言った。私は少し驚いて、「そうみたいですね」とだけ答えた。それだけだった。本当に、それだけのことだった。


---


それから毎朝、顔を合わせるようになった。


意図したわけじゃない。ただ出る時間が同じだっただけで、改札を抜けると自然に並んで歩いていた。最初は挨拶だけ。「おはようございます」「おはようございます」。それだけの関係が、冬が深まるにつれて、少しずつ変わっていった。


「昨日の会議、大変でしたね」

「今日また寒くなりましたね」


たわいもない言葉が、積み重なっていく。二子玉川を過ぎたあたりで座れるときは、隣に座るようになった。肩が触れそうで触れない距離。電車の揺れに合わせて、少しだけ体が傾く。窓の外は冬の多摩川で、水面が朝日でひかっていた。


毎朝、少しずつ


---


Spotifyの画面を、彼女に見られたのはいつだったか。


確か、二月に入ったころだったと思う。席が隣になって、イヤホンを片耳だけつけて音楽を聴いていたら、「あのミュージシャン好きなんですか」と彼女が言った。画面をのぞいていたらしい。


「好きなんですよ」と答えたら、「私も」と言った。


それだけで、何かが変わった気がした。変わった、というか、何かが動いた。胸の中の、静かな場所が。


その日から、イヤホンを片方ずつ分けて聴くようになった。左耳と右耳。同じ音楽が、二人の間を流れていく。窓の外の景色が流れて、電車が揺れて、どちらも何も言わないまま、曲が終わった。


これは、なんだろう。


そう思いながら、思わないふりをした。


---


気づいたのは、ある朝のホームだった。


私が少し遅れて改札を抜けると、彼女がもう来ていて、人混みの中から手を振ってきた。小さく、でも確かに。


胸の奥がじわっとした。


温かい、というより、痛い。でも痛くない。そのどちらとも言えない感覚が、肋骨の裏側あたりに広がって、私はその瞬間、ああそういうことか、とわかってしまった。


好きだ。


わかってしまったのが、少し、怖かった。


---


三週間、迷った。


「もし振られたら、毎朝電車で顔を合わせるのが地獄になる」という恐怖は、本物だった。改札を抜けるたびに顔を背ける未来。会議室で目が合わないようにする未来。田園都市線が、通勤という名の罰になる未来。


頭の中でシミュレーションしては、やめようと思った。思っては、でもと思った。


深夜、Spotifyで彼女に教えてもらった曲を聴きながら、スマホの画面を天井に向けて、いつまでも眠れない夜があった。言えばいい、とわかっていた。言えない理由も、ちゃんとあった。その両方が本当で、どちらも嘘じゃなかった。


好きと、違うかもしれない、が、同時に自分の中にあった。


---


結局、言ったのは月曜日の朝だった。


渋谷を出て、池尻大橋を過ぎたあたり。電車の中は混んでいて、でも二人分のスペースだけ、静かだった。


「好きです。迷惑だったら、ごめんなさい」


言ってしまってから、心臓がうるさかった。電車の音が遠くなった。彼女が少し間を置いて、


「迷惑じゃないです」


と言った。それだけだった。でも、それで充分だった。


---


付き合い始めてから、社内では何も変わらなかった。


会議室では普通に話して、廊下ですれ違っても軽く目を合わせる程度。噂にはなっていないと思う、たぶん。仕事がやりにくくなったかといえば、なっていない。あの頃の私が恐れていたことは、今のところ、何も起きていない。


でも毎朝の電車が、変わった。


隣に座るのが当たり前になって、イヤホンを片方渡すのも、ただそれだけのことになった。渋谷から二子玉川まで、窓の外に多摩川が見えたり見えなかったりして、曲が流れて、電車が揺れる。彼女の肩が、私の肩に触れている。


それだけのことが、今は一番、大切な時間だと思っている。


言葉にした朝


---


社内恋愛はしない、と決めていたのは、怖かったからだ。


傷つくのが怖かったし、傷つけるのも怖かった。毎朝会う人を好きになるのは、逃げ場がなさすぎる。だからルールを作って、最初から近づかないようにしていた。


でも彼女は、渋谷駅の人混みの中から、手を振ってきた。


怖いまま、言った。それが全てだった。


怖くなくなってから動こうとしても、その日は永遠に来ない。

よくある質問

どうして社内恋愛をしないと決めていたのですか?
別れたときが面倒、噂になる、仕事がやりにくくなるという三つの理由を挙げています。恋愛と仕事はきれいに切り分けておくべきだと信じていたとのことです。
どんなきっかけで気持ちが変わっていったのですか?
11月の渋谷駅、田園都市線のホームへ向かう混雑した通路で偶然隣り合ったことがきっかけです。同じ部署で話したことはほとんどなかった相手でした。
最終的にどうなったのですか?
毎日同じ電車に乗るうちに、社内恋愛はしないという決意がゆっくりと溶けていったと書かれています。結末よりも、その過程で揺らいでいく心境が丁寧に描かれた体験談です。

この記事を書いた人

橘みあマッチングアプリ体験談ライター

27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。

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