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恋愛体験談

深夜のラーメン屋で隣になった人が、3ヶ月後に恋人になった

終電を逃した12月の深夜、渋谷の裏路地で豚骨ラーメンを食べていた。隣に座ってきた人と、ただそれだけで話し始めた。あの夜の匂いを、まだ覚えている。

·橘みあ·6分で読める

終電を逃した。


12月の金曜日、深夜1時を少し過ぎたところ。渋谷の飲み会が長引いて、気づいたらもう誰かが「やばい終電」と言っていて、コートを引っつかんで階段を駆け下りた。改札に着いたとき、電光掲示板は空白だった。4分前。たった4分。冷たいコンクリートの風が吹き抜けて、息が白くなった。


タクシーで帰るか、ネットカフェで朝まで過ごすか。どちらでもいいような、どちらも嫌なような、宙ぶらりんな気持ちで立っていた。腹が減っていた。飲み会でつまんだポテトフライが遠い昔みたいだった。


繁華街の裏道を歩いていたら、匂いが来た。


豚骨の、こってりとした、骨の芯まで煮込んだようなあの匂い。看板も派手じゃない、ただ「ら」の字だけ光っている小さな店。引き寄せられるというより、体が勝手に動いた。押して入ると、カウンターが5席。テーブルが2つ。BGMなし。麺を茹でる音と、スープが煮立つ音だけがしていた。


「いらっしゃい」


カウンターの端に座って、豚骨ラーメンを頼んだ。財布を出しながら、なんとなくほっとした。今夜はここでいい、と思った。理由はない。ただ、あの匂いが正解に感じられた。


隣に人が来たのは、5分後くらいだったと思う。


「失礼します」という声。コートを脱ぎながら椅子に腰掛けて、ちらっとこちらを見て「終電、逃しましたか」と言った。


「逃しました」

「私も」


それだけで、なぜか話し始めた。


「どこから来たんですか」「池袋方面です」「渋谷から結構ありますね」「タクシーか電車か迷ってたら、お腹すいてきて」「それで?」「ラーメン選びました」「正解です」。


短い文のキャッチボール。間が変じゃなかった。お互い疲れていたはずなのに、声が軽かった。あとで振り返ると不思議だけど、あの瞬間は深夜の渋谷の裏路地という舞台装置が、変な警戒心を溶かしてくれていたのかもしれない。


ラーメンが出てきた。どんぶりから湯気が立って、顔に当たった。スープを一口すくって飲んだとき「ちゃんとした豚骨だ」と声に出してしまった。


隣で少し笑う気配がした。


「どこで飲んでたんですか」と聞いたら「バーで、一人で」と返ってきた。「一人で?」思わず聞き返した。「たまにそういうのが必要で」「わかります」。わかる、と言った瞬間、本当にわかっていた。誰かといるのに孤独な夜と、一人でいるのに満ちている夜が、全然違うということを。


麺をすすりながら、同じ方向だということがわかった。「一緒にタクシー行きますか」「割り勘で」「ありがたいです」。


食べ終わるまでのあいだ、もう少し話した。仕事の話、年末の予定、好きなお酒の飲み方。話し方が上手い人だと思った。こちらが言いかけてやめたことも、拾うでも無視するでもなく、自然に次の話につなげる。引き出し方が計算じゃなかった。少なくとも、そう見えた。


店を出たら、空気が刺さるみたいに冷たかった。マフラーを首に巻き直しながら、タクシーを拾った。乗り込んで、それぞれの目的地を言い合って、運転手に合算でお願いした。


シートに座ってドアが閉まった瞬間、外の雑音が消えた。


「連絡先、交換してもいいですか」


窓の外を向いたまま言われた。「また偶然会ってもいいですか、という理由で」。


「偶然を期待しますか」「まあ、せっかくだし」「会えるかどうかわかりませんが」と言いながら、スマホを差し出した。交換した。嫌じゃなかった。嫌じゃない、というより、なんだろう、渡す手が少し躊躇ったのに、渡してから後悔しなかった。その矛盾が、翌朝になってもずっとひっかかっていた。


池袋で降りて「おやすみなさい」と言って、それぞれ帰った。タクシーの後部座席から外に出たら、また冷気が来た。振り返らなかった。振り返る理由もなかった。


翌日の昼、LINEが来た。


「昨日はありがとうございました。ラーメン美味しかったですか」

「美味しかったです」

「また一緒に食べに行きませんか」

「いいですよ」


「いいですよ」と打って送信して、スマホを伏せた。なんで「いいですよ」って送ったんだろう、と思ったけど、取り消す気にはなれなかった。


それから毎週会うようになった。いつも食べながら話した。渋谷のつけ麺屋、恵比寿の小さな居酒屋、表参道のBEAMS近くのカフェ。食べる場所が変わっても、構造はいつも同じだった。注文して、運ばれてきて、食べながら話す。それだけ。なのに飽きなかった。


「食事ばかりしてますね」とある夜に言ったら「食べることが好きなんです、あなたと」と返ってきた。「食べることと、私と、どちらがですか」「両方」。その「両方」という答えが、ずるかった。上手いと思った。上手いと思いながら、胸の奥が少し緩むのを感じた。これは好き、なのか。それとも心地よさなのか。その頃はまだ、自分でもよくわかっていなかった。


3ヶ月後、また深夜のラーメン屋だった。


同じ渋谷、同じ裏路地、同じ「ら」の字の看板。「最初に来た店ですね」と言ったら「わかってましたか」と聞かれた。「わかってました」「なら話が早い」と言って、言われた。


外に出たとき、3月の夜風は12月よりずっとゆるくて、マフラーを外しても寒くなかった。あのとき感じた「嫌じゃない」が、どこかで「この人でいい」になって、さらにその先で「この人がいい」に変わっていたことに、その夜はじめて気づいた。


終電を逃した夜の豚骨スープの匂いを、まだ覚えている。


あの4分の遅刻が、今の私をつくった。

この記事を書いた人

橘みあマッチングアプリ体験談ライター

27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。

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