Pairsで2週間やりとりしていた相手が、閉まりかけた電車のドアから私の隣に立った
世界が狭すぎて、笑えなかった。でも笑った。
井の頭線の終電近い時間は、なんとも言えない空気がある。
疲れた人と、これから帰る人と、もう少し飲みたかった顔の人が混ざって、でも全員が静かで、揺れながら外の暗闇を見ている。私はその日も渋谷から乗って、永福町に向かっていた。22時を少し過ぎていた。スマホで見るものも特になくて、窓の外を見ていた。
三鷹台を出た直後だった。
ドアが閉まる直前に、滑り込むように乗ってきた人がいた。「おっとっと」という感じで重心を取り直して、手すりをつかむ。その人が私の隣に立った。
何気なく横を見た。
首が止まった。
スマホで何か読んでいる横顔。鼻梁。薄い唇。2週間前から毎日やりとりしている人だった。
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Pairsで彼——松本さん——とマッチングしたのは2週間前で、毎日20往復くらいメッセージが続いていた。「会いたいですね」まで話は進んでいたのに、お互いのタイミングが合わなくて、まだ実際には一度も会っていなかった。
私の方は彼の写真を何度も見ていたから、顔はわかった。でも本人も私の写真を見ているわけで——つまり、今すぐ気づかれる可能性がある。
声をかけるべきか。かけないべきか。
0.5秒で考えて、かけるのをためらった。もしかしたら別人かもしれない。いや、でもあの写真と同じ顔だった。でも声をかけて「違います」と言われたら最悪だ。黙っていたら気づかれずにそのまま過ぎるかも——そのまま永福町で降りて、「あの人だったかな」と一生思い続けることになる——。
そのとき向こうがスマホから顔を上げて、私の方を見た。
1秒くらい、お互い固まった。
「…佐藤さん?」と彼が言った。声が、LINEで想像していたのとほぼ同じ低さで、少し驚いた。
「…松本さんですよね」と私が言った。
二人で笑った。電車の中なのに、笑い声が出た。
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「永福町ですか」と彼が聞く。「そうです。松本さんも?」「そうです」。
世界が狭すぎる。
電車が永福町に着いて、二人で降りた。改札を出て、夜の住宅街に出た。時刻は22時17分。外の空気がひんやりしていた。
「どっちに帰ります?」「西の方です。松本さんは?」「私も西」。
「じゃあ同じ方向ですね」「そうですね」。
少し間があった。
「せっかくなんで、飲みませんか」と彼が言った。「アプリで会おうって話してたやつを、ここで会ってもいいんじゃないかと」。
私は笑いながら「それはそうですね」と答えた。「飲みましょう」。
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駅前の居酒屋に入ったのは22時半。2人とも荷物があったけど、脱いだコートを椅子にかけて、瓶ビールで乾杯した。
「これ、どっちかというと映画っぽいですよね」と私が言ったら、「コメディ映画ですね」と彼が笑った。「でも本当にドアが閉まる直前に乗ってきたから」「そう、そこがすごい。あと1秒遅かったら乗れてない」「運命感ある」「そんな大げさな」「いやでも、井の頭線、永福町ですよ。なかなか」。
話は思ったよりずっとスムーズだった。テキストで2週間話していた人の声が、想像と少し違ったけど、慣れたら逆にしっくりきた。高さが想像より低かった。「声、思ってたより低いですね」と言ったら、「そちらも高い」と言われた。「失礼じゃないですか」「いい意味で。明るい感じがして」。
仕事の話、週末どこに行くかの話、この辺のおすすめの店の話。話題が転がっていった。気づいたら深夜1時近くになっていた。
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Pairsで「静岡市出身」の人とマッチングした。小学校が同じで、学年は3つ違う。知り合いじゃない。なのに、あの廊下の匂いを、二人とも覚えていた。
「帰りましょうか」という流れになって、居酒屋を出た。夜の永福町の通りを並んで歩いて、駅前で別れた。
「またLINEします」と彼が言った。「待ってます」と私が答えた。
駅まで歩きながら、「なんか良かった」と思った。偶然じゃなくて、必然みたいな気がした。
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それから6ヶ月が経った今も、一緒にいる。
「どこで付き合うことになったんですか」と友人に聞かれると、「電車で偶然乗ってきた」と答えている。毎回「え」という反応をされる。
世界は、思ったより狭い。でも狭い方が、会いやすい。
あの夜、ドアが閉まる直前に乗ってきた人が、今は週末に一緒にご飯を食べている。永福町という地味な駅が、なぜか好きになった。乗り越しそうになるたびに、あの夜を思い出すから。
偶然だって、重なれば必然になる。
バレンタインデーに、「電車のドアが閉まりかけたとき、一番焦った」と彼が言った。「乗らなかったらどうなってたんですか」「家に帰ってLINEで連絡してました、たぶん」「それでよかったんじゃないですか」「でもあの偶然がよかった。計画してたら、もっと普通だった」。普通じゃない出会いは、普通じゃない関係を作る。そう思うことにした。
偶然は、準備ができた人の前にだけ現れる。あのとき声をかけることができたのは、2週間分の会話があったから。土台があれば、偶然も必然に変わる。
この記事を書いた人
27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。