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「好きです」と言ったら「知ってます」と返ってきた、吉祥寺の料理教室で過ごした4ヶ月

自炊のバリエーションを増やしたくて通い始めた料理教室で、気づいたら毎回隣にいる人がいた。好意なのか、ただ居心地がいいだけなのか。玉ねぎを焦がしながら、答えを探していた。

·橘みあ·6分で読める

料理教室に通い始めたのは、純粋に自炊のバリエーションを増やしたかったから。それだけだった。


4月。吉祥寺の小さな雑居ビルの3階に、その教室はあった。駅から徒歩8分、パン屋とカフェが並ぶ路地を抜けたところ。月2回、2時間。定員8人。調理台が4つ並んでいて、2人1組で作業する。申し込みのとき「一人参加」の欄にチェックを入れながら、誰が隣になるんだろう、と漠然と考えていた。


1回目の授業では、50代くらいの女性が隣だった。手際がよくて、包丁の音が違った。私は野菜の切り方ひとつでもたついて、「大丈夫ですよ、ゆっくりで」と笑われた。ありがたかったけれど、どこかしゅんとした。初心者同士で並んでいたかった、という気持ちが、自分でも意外なくらい強くあった。


2回目の授業。エプロンを結んでいたら、隣に誰かが来た。


「はじめてですか」


振り向いたら、男の人が立っていた。背が高い。エプロンの結び方がどこかぎこちない。


「2回目です。あなたは?」

「私も2回目です」


それだけで、胸の中がほんの少しほぐれた。同じくらい初心者だとわかって。失敗しても対等でいられる、という安堵。それだけのはずだった。


授業中、話した。


「先週の授業、難しかったですね」「難しかった。包丁の使い方がぎこちなくて」「私も毎回ちょっと危ない思いを……」「大丈夫でしたか!」「なんとか」。


そんな断片みたいな会話。でも不思議と、笑った。よく笑った。


月2回の授業で、毎回隣か、斜め前か、近い席になった。偶然かもしれないし、どちらかがこっそり位置を選んでいたのかもしれない。確かめなかった。確かめる必要を感じなかった。料理しながら話す。洗い物をしながら話す。帰り道が同じ方向で、吉祥寺の駅まで歩く。夜の井の頭通りは少し風が冷たくて、外の光がアスファルトに反射していた。


6月の授業でパスタを習った。アマトリチャーナ。名前だけ聞いたらおしゃれなのに、作ってみたら思っていたより単純で、思っていたより難しかった。


食べながら聞いた。「家でも作れそうですか」


「難しそう。絶対失敗する気がします」


「今度教えますよ」と言った。冗談のつもりだった。社交辞令でもなかったけれど、本気でもなかった。ただ口をついて出た言葉。


「ほんとですか、お願いします」


乗ってきた。


一瞬、心臓がぎゅっとなった。「……いつがいいですか」と言ったら「土曜日は?」と返ってきた。


土曜日に、彼女の家のキッチンに立った。


1LDKの部屋は、きれいに片付いていた。窓から午後の光が入って、フローリングが明るかった。キッチンには、フライパンも鍋もちゃんと揃っていた。IKEAのシンプルな棚に調味料が並んでいて、瓶の向きが揃っていた。こういう人なんだな、と思った。何かが。


ゆっくり作った。玉ねぎを炒めながら話して、パスタをゆでながら話して、失敗して、笑った。玉ねぎをうっかり焦がした。私が焦がした。「これ食べられますか……」と恐る恐る聞いたら、「食べられます。少し香ばしい感じがして、これはこれで好きです」と言われた。


そのとき、喉の奥がじわっとした。好きかもしれない、という感覚と、違うかもしれない、という感覚が、同じ瞬間に存在していた。ただ居心地がいいだけかもしれない。キッチンが好きなだけかもしれない。でも「好き」って言葉を、こんなに自然に使う人が、なんか。


「美味しい」と言ってくれたとき、喉のじわっとしたものが上に来た。素直に嬉しかった。素直に、というのが正直なところで、嬉しいことに理由がなかった。


「また来て教えてください」

「いつでも」


そう言ったとき、もう答えは出ていたのかもしれない。自分でまだ気づいていなかっただけで。


毎月5〜6回会うようになった。料理教室で月2回、家で月1〜2回、そのまま近所を散歩したり、駅前のSARAVAH東京でコーヒーを飲んだり。会うたびに話すことが尽きなかった。尽きないことが少し怖かった。こんなに話せる人に、そう何人も会えるわけじゃない。


9月のある夜、帰り道で言った。


「一緒にいる時間が多くなりましたね」

「そうですね」


間があった。井の頭公園の方から虫の声がした。秋の入り口の空気は少し乾いていた。私はその間の中に何かを探して、見つけられなくて、それでも口を開いた。


「好きです」


「知ってます」


「……知ってたんですか!」


少し笑いながら、「なんとなく」と言われた。


「なんとなく?」

「でも言ってくれてよかった」


「じゃあ付き合います」


じゃあ、って何。じゃあって言い方、なんか。でもなぜかその「じゃあ」が、すとんと来た。交渉でも告白への返答でもなく、もうそうなるのが当然だったみたいな、その「じゃあ」。4ヶ月かけてゆっくりそこに来た、という感じがした。


今も、二人で台所に立っている。料理しながら話す、という習慣は変わっていない。料理教室はとっくに終わったけれど、キッチンだけが続いている。玉ねぎを焦がしても笑える人と、まだ隣に立っている。


出会いはどこにでもある、とよく言う。でも正確には、こういうことだと思う。


自分が動いた場所に、ちゃんとあった。

この記事を書いた人

橘みあマッチングアプリ体験談ライター

27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。

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