東京と大阪を13回往復して、14回目は片道だった
新幹線の自由席で、いつも同じ景色を見ていた。富士山が見えるたびに、まだ好きだと思っていた。
東海道新幹線の自由席、E席——右側の窓側——はいつも私の定位置だった。
新大阪行きに乗って、静岡を過ぎるあたりで富士山が見える。晴れた日は白い頂上まではっきり見えて、私はそのたびに少しだけ安心した。東京から大阪に向かっているということ、彼に会いに行っているということ、まだこの関係が続いているということ。富士山が見えると、それを確認できる気がした。
そうやって13回、往復した。
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Omiaiで彼——健介さん、33歳——に出会ったのは、2年半前の冬だった。
最初の2ヶ月は順調だった。渋谷や代官山で週末を過ごして、映画を観て、居酒屋で2時間話して、「また会いましょう」と言い合って帰る。そういう時間の積み重ねで、自然と「付き合う」という言葉が出てきた。初めて「好きです」と言ったのは代官山のカフェで、彼は「俺も」と言ってコーヒーカップを置いた。そのとき、窓の外に雨が降り始めていた。
転機は付き合って5ヶ月目。彼の大阪転勤が決まった。
「急で申し訳ない。でも続けたい」と彼が言った。私も続けたいと思っていたから「続けましょう」と答えた。新幹線で1時間半。会えない距離じゃない。そう言い聞かせた。
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最初の6ヶ月は、月1、2回会えていた。
私が大阪に行く月もあれば、彼が東京に来る月もあった。会えない間は電話とLINEでつないで、「次いつ会えるか」を確認し合って、それを楽しみにして日々を送った。
梅田のホテルに泊まって、朝、中之島の川沿いを二人で歩いたことがある。大阪の朝は東京より空気が違う気がして、「こっちの感じも好きになってきた」と言ったら、彼が嬉しそうな顔をした。「来てくれるの嬉しい」と言った。私も嬉しかった。
でも8ヶ月目から、会う頻度が落ち始めた。
彼の仕事が忙しくなった。私も新しいプロジェクトが始まった。「今月は難しい」「来月ならいけるかも」「やっぱり再来月になりそう」。言葉ではつながっているのに、物理的な距離がじわじわと心の距離に変換されていく感覚があった。
電話の内容が、少しずつ変わっていった。日常の話よりも、「なぜ会えないか」の説明になっていった。「忙しい」「仕事が」という言葉の頻度が上がって、「会いたい」という言葉の頻度が下がった。私もそれに気づいていたけど、指摘する勇気がなかった。指摘して、答えが「もうしんどい」だったら怖かった。
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11回目の往復のとき、新幹線の中で泣いた。
東京に帰る電車の中で、さっきまで一緒にいた人がもう遠くなっていくのを感じて、鼻の奥がつんとした。泣くほどのことじゃないと思っていたのに、富士山が見えたとき、しずかに涙がこぼれた。隣の人が寝ていてよかった。
窓に映る自分の顔を見た。泣いている顔が、疲れているように見えた。疲れている、と認めたくなかった。でも、疲れていた。
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13回目の往復は、3月だった。
梅田の居酒屋で向かい合って座って、サワーを飲みながら「これからどうしたいか」という話になった。
健介さんが「大阪にいる間は、正直このままが続くと思う」と言った。「会いに来てもらうのも悪いし、かといって東京に帰る目処も立ってない」。
私は鶏の唐揚げをつつきながら、「東京で転職、考えてない?」と聞いた。彼はしばらく黙った。「考えてないわけじゃない。でもまだ、ここで経験積みたい気持ちもある」。
どちらも正直な言葉だった。だからこそ、ぐさっときた。
その夜、梅田のホテルのベッドで天井を見ながら、「私が来ればいい」と思った。それを口に出したのは翌朝だった。
「大阪、来てもいい?」
健介さんは一瞬固まって、「いいの?」と言った。「いいかどうかまだわからないけど、考えてみる」と私は答えた。
東京に帰ってから3週間、ずっと考えた。
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転職活動を始めたのは、4月だった。
大阪に本社がある会社を探して、3社受けて、1社から内定が出た。給与は東京と同じくらい。仕事内容も悪くない。チームの雰囲気も良さそうだった。
健介さんに報告したら、「ほんとに来るの」と言って、電話越しに声が震えていた。「来るよ」と私は言った。「ありがとう」と彼が言った。その「ありがとう」に、1年半分の重みがあった。
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14回目の新幹線は、8月だった。
キャリーケース2つと、段ボール3箱を宅急便で送って、私は新幹線に乗った。E席、窓側。静岡を過ぎて、富士山が見えた。
いつもと同じ山。でも今日だけは、「これで最後」という感慨はなかった。また来るかもしれない、東京に戻るかもしれない、そういうゆるさの中で眺めていた。
片道だけど、戻ってこられる。人生の大半の選択は、実は取り返しがつく。新幹線が動き始めると、そう思えた。
愛するとは、往復の回数を数えることかもしれない。そして、もう数えなくていいと気づいたとき、片道を選べる。
この記事を書いた人
27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。