Pairsで出会った相手と、地元のもつ鍋屋で初めて顔を合わせた夜のこと
東京で会うはずが、福岡で先に会うことになった。天神のもつ鍋屋、金曜の夜。知らないのに知っている感じ——その不思議な近さが、関係の始まりになった。
「出身地、福岡なんですね」
その一文を見た瞬間、スマホを持ったまま少し固まった。深夜0時すぎ、東京の自分の部屋。カーテンの隙間から首都高の灯りがぼんやり見える。Pairsのやりとりが始まって3日目だった。
「そうです、あなたは?」
「私も福岡です」
画面をもう一度見た。もう一度。
「どのあたりですか」と打ったら「天神の近く」と返ってきた。「私も!」という言葉が指先より先に出た。思えばあれが最初の、心臓がひとつ浮く感じだった。プロフィールの出身地なんてざっくりとしか書いていないから、まさか同じ区域だとは思っていなかった。
「中学どこですか」
「○○中学です」
「え、私の一個下の中学です」
「世界狭い」
「東京に来て同じ地元の人に会うのって、なんか変な感じしますよね」
「ほんとにそう」
共通の話題が次々と出てきた。あの定食屋、あの神社の秋祭り、川沿いの公園、高校受験で週三回通った自転車で十分の塾。全部じゃないけど、半分くらいは「知ってる」と言えた。知っている場所の話をしているのに、相手のことはまだほとんど知らない。その奇妙なアンバランスが、どこかくすぐったかった。
「実は今週末、帰省するんです」と私が送ったら「え、私も同じ週です」と返ってきた。
「じゃあ現地で会いませんか」
東京で会うはずが、福岡で先に会うことになった。
---
帰省の前日、なぜか落ち着かなかった。アプリで知り合った人と会う緊張感とは、少し種類が違った。東京で会うなら、どこか中立の場所で会う感覚がある。でも地元に「来る」というのは——相手のことをよく知らないまま、相手の「場所」に入っていく感じがした。私のルーツの話をたくさんしてきた分だけ、どこか無防備な気持ちがあった。
待ち合わせは天神のもつ鍋屋。金曜の夜、博多の街は人が多かった。師走手前の11月で、天神地下街から出ると少しだけ空気が冷たかった。息が白くなるほどではないけど、東京とは違う、湿った九州の冬の匂い。
私が先に着いて、席でメニューを開いていた。落ち着こうとして水を一口飲んだ。
そこに彼女が来た。
「あ、この人だ」とすぐわかった。写真で見ていたから当たり前なのに、それ以上の何かがあった。なんか、知ってる感じ。地元の話を何時間もしてきたから、会う前からもう、ちょっとだけ近かった。
「東京で会うより緊張しますね」と私が言ったら「なんで」と笑われた。
「地元の人に地元で会う感じが変で」
「確かに」
それだけ言って、二人でメニューを見た。
もつ鍋が来た。鉄鍋の中で白濁したスープがぐつぐつと沸いていた。博多で食べるもつ鍋は、東京のチェーン店のそれとは違う。もつが柔らかくて、ニラの量がおかしいくらい多い。湯気が顔に当たって、じんわり温かかった。
食べながら話した。箸を持ちながら、笑いながら。
「あそこのパン屋、まだありますか」
「まだあります、さすが知ってる」
「高校のとき毎日寄ってたんで」
「私も!シュガーバターのクロワッサンが——」
「それです!今もあの味ですか」
「変わってないです。というかあそこの奥さんが全然変わってなくて、それもなんかすごい」
「何十年同じ顔してるんですか」
笑い声が店の中に混ざった。隣のテーブルのサラリーマンたちの声、鉄鍋の沸く音、食器の重なる音。その全部が、子どもの頃から知っている福岡の「夜の外食」の音だった。
「東京で地元の話ができる人」より「地元で地元の話ができる人」の方がずっと近い——そのとき漠然と思った。共有できる記憶の量が違う。子どもの頃に吸っていた空気が同じ人と、同じ空気の中にいる感覚。それを言葉にしようとしたけど、うまく言えなくて、「なんか変な感じですね」と言ったら「わかる」と返ってきた。
わかる、のひとことで十分だった。
---
あわせて読みたい
フェスで偶然会った人と、テントの中で朝まで話した夏
苗場の夜、みんなが笑うより少し遅れて笑う人がいた。人混みに押されて、気づいたら隣にいた。空が白くなるまで話して、寝るのが惜しかった、あの夜のことを。
帰省の最終日、太宰府天満宮に一緒に行った。STARBUCKS太宰府店の前を通り過ぎながら、参道の梅ヶ枝餅を一個ずつ買った。焼きたての皮が少しパリッとしていて、中の餡が甘かった。
「修学旅行でも来たんですか」
「来た、嫌いだったけど」
「なんで嫌いだったんですか」
「人が多くて。今も多いですね」
「でもこうやって来ると違いますよ」
「違いますね」
ぽつぽつと言葉が出て、また少し黙って、また歩いた。そのテンポが、ちょうどよかった。沈黙が気まずくなかった。同じ場所を知っている人と、その場所にいる。たったそれだけで、こんなに間が持つのか、と思った。
好きかどうか、まだわからなかった。でも「また会いたい」という気持ちははっきりあった。その二つが同時にあるのが、少し不思議だった。
---
東京に戻ってからも会うようになった。
今思えば、「地元が同じ」というのは単なる話題のきっかけじゃなかった。話の根っこのところに、最初から共有できるものがあった。価値観とか性格とか、そういう話になる前の、もっと手前のところで。
誰かと「近い」と感じるのは、共通点の数じゃないのかもしれない。同じ空気を吸って育った、という事実が、言葉より先に何かを繋いでいた。
地元の話をするとき、私たちは少しだけ子どもに戻る。そして子どもの頃の自分を知っている人を、人はどうしても、嫌いになれない。
この記事を書いた人
27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。