失恋から変わった夜。後悔して学んだこと
失恋の数を指で数えたら、片手を超えた。7回。「それだけ好きになれる人間ってことじゃないか」と言ってくれた友人の言葉を今でも思い出す——失恋するたびに何かが変わっていた。7回の失恋から得た学びの体験談。
正直に言う。失恋の数を数えたのに、まだ懲りていなかった。
指を折っていったら、片手を超えた。大学から数えたら、告白されて付き合って別れたものが3回、好きだったけど告白できなかったものが2回、付き合い始めてすぐ終わったものが2回。合計7回。7回失恋している。
「それだけの数、失恋できるってことは、それだけ好きになれる人間ってことじゃないか」と友人に言われたことがある。その言葉が好きで、今でも時々思い出す。でもその友人は失恋が少ない側の人間なので、少し割り引いて聞いている。
7回の失恋から、何かを学んでいた気がする。学んでいると気づいたのは、後になってからだけど。
1回目と2回目の失恋で知ったこと
大学1年のとき。同じゼミの子が好きだった。1年間好きだったけど、一度も告白しなかった。何も言わないまま、彼女に彼氏ができた。知ったとき、床がなくなったような感覚がした。学食で友人から聞かされた瞬間、コンビニのおにぎりを取り落としそうになった。
「好きという気持ちは、伝えなければ相手には届かない」
当たり前のことだけど、身をもって知った。次からは言うようにした。ちゃんと言うようにした。怖くても言うようにした。この失恋がなければ、臆病なまま大学4年間を終えていたと思う。
社会人1年目の失恋は少し違った。付き合って8ヶ月。「合わない」と思い始めたのは4ヶ月目からだった。価値観の違い、生活リズムの違い、話しているときの「噛み合わなさ」——そういうものが積み重なっていた。でも「せっかく付き合ったんだから」と思って続けた。続けた4ヶ月で傷はどんどん広がって、最終的には「もっと早く話せばよかった」という後悔だけが残った。
合わないものは合わない。関係が長くなるほど、言い出しにくくなる。早めに正直に話すことが、お互いへの誠実さだと気づいた。
3回目の失恋で思い知ったこと
25歳のとき。Tinderで会った人と、2ヶ月で急速に深い関係になった。毎日会って、早々に合鍵を作って、「この人だ」と思った。中目黒のアパートの鍵を渡されたとき、本気でそう思っていた。
でも3ヶ月目に、見えていなかったものが見えてきた。嘘をついていた、とまでは言わないけど、見せたいものだけを見せていた人だった。仕事のこと、前の恋愛のこと、お金のこと。聞いてみると話が変わる。
「信頼できるかどうかは、時間をかけてわかる」
早く深めようとしたのは自分だった。見極めが甘かった。次からはゆっくり見るようにした。鍵を渡すのは半年後くらいでいい、とそのとき決めた。
4回目以降の失恋が残したもの
4回目は向こうからの別れ話で、5回目は私から、6回目は自然消滅、7回目はPairsで会った人との遠距離の限界。それぞれに理由があって、それぞれに何かを残した。
4回目で「別れを受け入れること」を覚えた。5回目で「傷つけることの辛さ」を知った。6回目で「自然消滅という終わり方を選ばない」と決めた。7回目で「距離は、気持ちで乗り越えられないものがある」とわかった。仙台と東京で1年頑張って、月1回の新幹線の中で「もう限界かな」と思ったあの感覚を、今でも時々思い出す。
失恋は痛い。その場で「これから成長できる」とは思えない。ただ痛いだけだ。新宿の帰り道、傘をさしながら泣いたことも、家で映画を流しながら何も見ていなかったことも、全部痛みだった。
でも振り返ると、変わっている部分が必ずあった。次の恋愛のとき、少し違う動き方をしていた。同じ失敗を繰り返すことが、少しずつ減っていった。全部の失恋から何かを持って帰れるかというと、そんな綺麗な話でもない。ただ傷つくだけで意味を見つけられないものもある。
でも後から見ると、失恋は「次の自分のための素材」になっている。今の私が多少まともに恋愛できているとしたら、7回の失恋のおかげだと思っている。
失恋した人に「成長できるよ」と言うのは野暮だと思う。あの痛さが無駄じゃなかった、とはいつか言える日が来る。それだけは言える。
失恋を経て、次の恋に踏み出した日
失恋から半年後、再びPairsを開いた。渋谷のカフェで、新しいプロフィール写真を設定した。手が少し震えた。でも、前とは違う震えだった。恐怖じゃなくて、期待。胸の奥に残っていた鈍い痛みは完全には消えていない。でも、その痛みを知っているからこそ、次は大切にできる気がした。吉祥寺の夕方の光の中で「いいね」を押した。心臓がドクンと鳴った。まだドキドキできる。それ以上のことは、望まなかった。
失恋は人生の必修科目だ。単位を落としたくないけど、受けないと卒業できない。目黒川の桜は来年も咲く。その時、隣に誰がいるかはわからない。でも、一人で見ても美しいものは美しい。心臓がドクンと跳ねる出会いは、失恋を経験した人の方が深く感じられる。手のひらの汗が温かかった。恵比寿の夜道を歩きながら、過去の自分に「ありがとう」と言った。あの痛みがなかったら、今の感受性はなかった。
この記事を書いた人
27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。