1年間、顔も知らない人と毎週話していた。それがどういうことか、会ってから5分でわかった
辻村深月の感想をTwitterに書いた夜、知らない人からDMが届いた。顔も、本名も、声も知らないまま1年。それでも、会った瞬間に「知っている」と思った。
深夜1時過ぎに、泣きながらスマホを置いた。
辻村深月の『かがみの孤城』を読み終えた夜だった。最後のページを閉じて、しばらく動けなくて、それからTwitterを開いた。「この本、最高でした」とだけ書いた。語彙が追いつかない夜というのがある。あれがそういう夜だった。
30分後、DMが届いた。
「私も好きです、特に最後の方で全部繋がるシーン」
読んでいない人向けにぼかした感想だったのに、ちゃんとわかって送ってきている。少し前のめりになった。「どのシーンですか」と返したのが、始まりだった。
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それから1年間、毎週のようにDMをやりとりした。
恩田陸、宮部みゆき、東野圭吾。「これ読んだことありますか」「読んでないです、面白いですか」「序盤は遅いけど後半が、一気に」という具合に、お互いが読んだ本を押しつけ合うような関係になっていった。本の話が映画の話になり、音楽の話になり、気づけばThe 1975の新譜の感想を送り合うようになっていた。「先週これ読んで、なんか考えさせられて」と記事のURLが届く月曜の朝が、いつの間にか当たり前になっていた。
顔を知らない。本名かどうかもわからない。声も、背の高さも、笑い方も。
それでも、普通の友人より深い話をしていた。仕事のこと、家族のこと、「自分がどういう人間だと思うか」みたいな問いを、テキストで投げ合っていた。面と向かっていたら言えないことが、画面の向こうには言えた。匿名の皮をかぶった、素の言葉たち。
「オンラインの友達」として、ごく自然に話していた。恋愛的なやりとりではなかった。「同じ感覚を持っている人」というだけで、それ以上でも以下でもなかった。少なくとも、そのつもりだった。
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1年が経った頃の秋、好きな作家のサイン会に行くことをポストしたら「私も行くかもしれません」と返ってきた。
神保町のある書店が会場だった。
「じゃあ会いましょうか」
「会っていいんですか」
「ダメですか」
「ダメじゃないです、でも緊張します」
「私も」
「顔知らないし」
「そうですよね」
「でも1年話してるし」
「そうですよね」
「じゃあ、会いましょう」
「はい」
こんなにシンプルに決まった。ふたりとも「でも」と言いかけて、やめた。やめたことが、お互いに伝わっていたと思う。
当日、私は好きなブックカバーを持参した。相手はカバンに特徴的なキーホルダーをつけてきてくれるというので、それを目印にした。
書店の入り口の前。人がたくさんいた。秋の神保町は、薄い風が本の匂いを運んでくるような気がして、毎年この街に来るたびに胸の奥が少し騒ぐ。その日は特に騒いだ。胸というより、正確には喉のあたりが。
見つけた。
キーホルダー越しに目が合って、お互いに「あ」という顔をした。
「こんにちは」
「こんにちは」
1年間話してきたのに、「はじめまして」みたいな緊張が走った。テキストで「この人のことを知っている」と思っていたのに、目の前に体のある人間がいることの、奇妙な違和感。知っているのに知らない。そんな矛盾が、喉のあたりにつかえた。
でも5分で、崩れた。
サイン会の列に並びながら話し始めたら、テキストで話していた通りの人だった。言葉のテンポ、話題の掘り方、「それわかる」と言うタイミング。全部、知っていた。知っている感じがした、ではなくて、知っていた。1年間の会話が、ちゃんとこの人の輪郭を作っていた。
サイン会が終わって、近くのカフェに入った。丸の内線の駅に近い、窓が大きい喫茶店。本の話をして、映画の話をして、仕事の話をして、気づいたら外が暗くなっていた。オレンジ色の街灯が窓に映り込んでいた。
「これ、ちゃんと会うべきでしたね」
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「そうですね、もっと早く会えばよかった」
コーヒーカップを両手で包んだまま、そう言われた。
胸の奥が、ぎゅっとした。悲しくはなかった。嬉しくもなかった。なんだろう、と思いながらそのままにした。
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月に1〜2回会うようになった。恋愛として動き始めたのは、さらに半年後のことだった。
今思えば、あの神保町の喫茶店で窓の外が暗くなっていることに気づかなかったとき、もうそうなる気配はあったのかもしれない。ただ私には、その言葉がまだなかった。言葉が来るより先に、気配だけがそこにいた。
「DMから始まる恋愛」と話すと、変な顔をされることがある。ネットで知り合ったの、と少し心配そうに言われることも。
でも、1年間の会話の重さは、初対面の人との3回のデートより、ずっと重かった。顔や声より先に、考え方の層で知り合っていた。何に笑って、何に傷ついて、何を大切にしているか。表面を飛ばして、もっと奥から始まった関係だった。
あの夜、泣きながら打ち込んだ「この本、最高でした」がなければ、一生会わなかった。
会話は、偶然始まる。でも続くかどうかは、偶然じゃない。
言葉が積み重なった先に、人がいる。
この記事を書いた人
27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。