SNSを見るのをやめたら、恋愛がラクになった
別れてから116日間、元彼のインスタを毎日見ていた。新しい投稿があれば心臓がちくりとした。見るのをやめた日から、ようやく前に進めた——失恋後にSNSを見続けることの害と、やめることで変わった恋愛の話。
正直に言う。別れてから116日見ていたのに、やめた。
後から数えたからわかる。116日。4ヶ月弱。毎日、多いときは1日に3〜4回見ていた。新しい投稿があれば心臓がちくりとした。投稿がない日は「何してるんだろう」と考えた。ストーリーズが上がれば、誰と何をしているか推測した。新しいタグ付けがあれば、その人物のアカウントを辿って調べた。
自分でやっていたことを改めて書くと、なかなか酷い。
なぜ見続けたのか
「何をしているか知りたかった」というより、「知りたくないけど見てしまう」に近い。
麻薬みたいなもので、見ると傷つくのに、また見る。見ることをやめられない。傷つくとわかっているのに開く。なんで開くのか自分でもわからない。「楽しそう」と思ったとき、その「楽しそう」が自分のいない楽しさだということが、胸に刺さる。刺さるのがわかっているのに、また開く。
友人に「まだインスタ見てるの?」と聞かれたことがある。「見てる」と答えたら「絶対やめた方がいい」と言われた。わかってる。でもやめられなかった。
「やめられない」と「やめたくない」は違う。私は「やめたくなかった」のかもしれない。彼のことをまだ思っていたから。見ることが、つながっている感覚の代替品だった。恵比寿のカフェに行くたびに「あの人も来たことあるかな」と思っていたし、共通の友人の投稿に彼がいないか確認していた。全部が確認行為だった。
ブロックした日
116日目の夜、彼のストーリーズが上がった。誰かと飲んでいる写真だった。女性が写っていた。顔はわからなかった。でも雰囲気でわかった。新しい人だ、と思った。
スマホを裏向きにして、しばらく床を見ていた。部屋の電気をつけたまま、カーペットの模様を何秒か数えた。胸の奥が締め付けられるような感覚がして、それが怒りなのか悲しみなのかもわからなかった。ただ、喉が乾いた。
その夜、ブロックした。
ブロックするのに罪悪感があった。「ひどいことをしてる感じ」があった。相手は何も悪いことをしていない。向こうは普通に生きているだけ。それをブロックする自分が、なんかみっともない気がした。でも「自分を守るためのブロック」は、相手への敵意じゃない。それに気づいたのは、ブロックした後の静けさで確認した。
見なくなってから変わったこと
翌朝、起きてすぐインスタを開いた。反射的に。でも彼のアカウントがなかった。
(あ、ブロックした)
と思って、閉じた。それだけだった。
最初の1週間は「今何してるかな」と考えることがあった。でも確認する手段がないから、考えても続かなかった。考えて、「でも確認できない」で止まった。止まるたびに、少し楽になった。
2週間目から、考える頻度が落ちてきた。
1ヶ月たったとき、気づいたら朝起きてインスタを開いていなかった。代わりに、朝のコーヒーの間にニュースを読むようになっていた。中目黒のカフェで豆を買って、自分でドリップするようになった。小さな変化だけど、「あ、変わった」と思った。
「元彼が何をしているか」で頭が占領される時間が消えた分、自分のことを考える時間が増えた。転職のことを考えた。友人に連絡した。新しいカフェを探した。そういう「自分の生活」が戻ってきた感じがした。
SNSと失恋の切り離し方
SNSがある時代の失恋は、終わりの形が変わった。物理的な別れより、SNSでつながっている限り、心理的な別れが来にくい。元彼のことを忘れたい気持ちと、忘れたくない気持ちが、毎日あのアイコンの前でせめぎあっていた。
元恋人のSNSを見ることは、傷口を自分でかき続けることだ。治ろうとしている傷を、毎日開いている。治るわけがない。
ブロックが最善かどうかはケースバイケースだと思う。「ミュートにするだけ」でもいい。「見る曜日を決める」でもいい。大事なのは「見ない選択をする」こと自体を、自分への誠実さとして認識することだ。自分を大切にすることの一部に、「見ない選択をする」も入る。傷つくとわかっているものを意志力で見ないようにするより、仕組みで見られなくするほうが、ずっと楽だった。
ブロックしてからもうすぐ4ヶ月。今は、ちゃんと前を向いている。Pairsを再開した。プロフィール写真を新しくした。それだけのことで、少し前に進んだ気がした。
あの経験から言えること。見ないことは、逃げじゃない。自分を取り戻すための、最初の一歩だった。
SNSを見るのをやめた後、恵比寿のカフェで本を読む時間が増えた。目の前の人に集中できるようになった。心臓がじんわり温かくなった。インスタの「いいね」より、彼の「今日楽しかった」の方がずっと嬉しい。手のひらの汗が引いて、穏やかな時間を過ごせるようになった。代官山の帰り道、スマホをポケットに入れたまま夜空を見上げた。星がきれいだった。デジタルを閉じたのに、本当の景色がそこにあった。
この記事を書いた人
27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。