マッチングアプリで2回目のデートをした相手が、親友の元彼だと気づいた下北沢の午後
カフェラテを頼んでくれた人が、友人の元彼だとわかった。手の中のカップを置けなかった。続けるか、やめるか。沈黙の中で私たちは同じ方向を向いていた。
2回目のデートは、11月の下北沢だった。
空気がもう冬の匂いをしていた。古着屋のラックに並んだコートが風に揺れていて、商店街を歩くたびに誰かの笑い声や、どこかの店から流れるインディーズっぽい曲が、耳のそばを通り過ぎていった。目的地を決めないまま歩いていた。それでよかった。彼と歩くと、沈黙が気まずくならなかった。
小さなカフェに入った。BEAR PONDの近く、路地を一本入ったところにある、名前もよく覚えていない店。木の椅子と、少し暗い照明と、窓から見える細い路地。席に座ったとき、彼が「今日もカフェラテにしますか」と聞いてきた。
1回目のデートで「カフェラテが好き」と言ったのを、覚えていてくれていた。それだけのことなのに、胸の奥がふわっとした。こういう人だと思った。一度聞いたことを、ちゃんと持っていてくれる人。話し方が穏やかで、声が低くて、目を見て話してくれる。「この人とは長く続く気がする」——そんな予感が、コーヒーの湯気みたいにゆっくり立ち上がっていた。
話が広がって、それから過去の話になった。自然な流れで、誰でも話すような内容だった。
「昔、誰かと付き合っていたんですか」
そう聞いた。彼は少し考えてから「3年くらい前に。○○区に住んでた人と」と言った。何気なく聞いていた。本当に何気なく。
「○○区って、もしかして下の名前が——」
自分の口から出た瞬間、変な感じがした。
「そうです」と彼は言った。
カップを、置けなかった。手の中に持ったまま、テーブルに下ろせなかった。頭の中で何かが高速で確認作業をしていた。名前、地名、年齢、時期。全部合う。
高校からの友人の、元彼だった。
顔は知らなかった。でも名前は何度か聞いていた。「付き合った」と聞いた日のこと、なんとなく覚えている。「別れた」と聞いた日も。別れた理由も、少しだけ。友人が少しだけ泣いていたことも。
「知り合いですか」
彼が静かに聞いた。
「……友達の元彼でした」
正直に言った。嘘をつく気にならなかった。というか、嘘をつけなかった。
3秒くらい、沈黙があった。カフェのBGMがそのまま流れていた。誰かが注文する声がした。外の路地を、自転車が通り過ぎた。世界は普通に動いていたのに、私たちのテーブルだけ、少し時間が止まったみたいだった。
「……そうですか」
彼の声のトーンが、わずかに変わった。驚いているのか、困っているのか。両方だったと思う。「それは、知らなかったです」と続けた。
「続けますか、やめますか」とは、どちらも言わなかった。でもその問いかけは、空気の中にあった。お互いがそれを知っていた。
「その人のこと、まだ気になっていますか」
私が先に聞いた。意地悪な質問だとわかっていた。でも聞かずにいられなかった。
「全然ないです。別れたのは別の理由なので、今は関係ないですし」と彼は言った。少し間があってから「あなたの友達と、話し合いとか必要ですか」と続けた。
その言葉で、肩の力が少し抜けた。
自分の身を守るより先に、私の立場を考えてくれた。その順番が、好きだった。この人のことが好きだという気持ちと、「でも続けていいのか」という迷いが、同時に胸の中にあった。矛盾している。でも両方、本当だった。
「まずは友達に話してみます」と言った。
その夜、家に帰ってから友人にLINEした。「2回目のデートで発覚したんだけど」と前置きして、名前と地名を書いた。既読がついて、しばらく間があった。長い間だった。布団の中でスマホを握ったまま、返信を待った。
「えー!どんな感じだった?」
怒ってはいなかった。「やばいじゃん、でも面白い話だ」と続いた。
「やめた方がいい?」と聞いた。
また少し間があった。今度はもっと長かった。
「あなたが好きなら続けなよ。私は全然気にしないし、あの人のことも悪く言う気ないし。ただあなたが後悔しない方を選んで」
長かった。でも全部、必要な言葉だった。読み返して、また読んだ。「ただあなたが後悔しない方を選んで」という一文が、目に刺さった。怒ることも、背中を押すことも、どちらかに誘導することもしなかった。ただ私の選択に、スペースを作ってくれた。
翌日、彼にLINEした。「友達に話したら、気にしないって言ってました」と。
「良かった。続けられますか」
「はい」
短い返事しか打てなかった。それで十分だった。
あれから1年以上が経つ。今も付き合っている。友人とは普通に会っていて、たまに3人で食事することもある。最初にその話題になったとき、テーブルの空気が一瞬だけ固まった。でも今は笑い話になっている。友人は「あの人ちゃんとしてるじゃん、良かった」と言っている。彼はそのたびに少し照れた顔をする。
世界は狭い。縁は、わからない。
あの下北沢のカフェで、「続けますか」という言葉を誰も口にしないまま、二人ともが「続けたい」と思っていた。それは後になってわかったことじゃない。あの沈黙の中で、もうわかっていた気がする。どちらも逃げなかった。それだけのことが、思いのほか、ずっと大切だったりする。
続けるかやめるかより、どんな沈黙を一緒にいられるかの方が、たぶん答えに近い。
この記事を書いた人
27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。