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恋愛体験談

大晦日のカウントダウン、知らない人と始まった新年

マッチングアプリで2回目のデートを大晦日にした。代々木公園そばのバーで迎えたカウントダウン。ぬるいビールと、似たような答え。改札で別れてすぐ届いたLINEが、なんかとても良かった。

·橘みあ·6分で読める

12月31日の23時37分、代々木公園の近くのバーのカウンター席で、私はグラスを両手で包んでいた。


外はたぶん2度か3度。入ってきた人が扉を開けるたびに冷気が足元を這って、でも店の中はSpeakeasyみたいな薄暗さで、ちょっとだけジャズがかかっていて、ちょっとだけ煙草の匂いがして、ちょっとだけ非日常だった。ちょうどいい「ちょっとだけ」が重なって、私は少し落ち着いていた。落ち着いていたと思う。たぶん。


隣に、2回しか会ったことのない人が座っていた。


マッチングアプリで知り合ったのは11月の末で、1回目に会ったのは渋谷のカフェ、2時間、コーヒーとチーズケーキ。それだけの関係。プロフィール写真はアイスランドで撮ったもので、白い荒野を背景に少し目を細めて笑っている27歳のフリーランスデザイナー。趣味は旅行と古着で、メッセージの文体が妙に面白かった。「面白い」というのが正確で、「好き」とはまだ言い切れなかった。そういう段階。


大晦日に2回目のデートをするのは、無謀というか、少し変な選択だったと思う。でも私が「年越し一人は嫌で、友達はみんな予定があって」とそのまま送ったら、「じゃあ一緒に過ごしましょうか」と返ってきた。断る理由がなかった。断りたくもなかった。それだけのことで、私たちはこのバーにいる。


「去年さ、」


彼が言いかけて、グラスを口に運んだ。続きは来なかった。私も聞かなかった。カウンターの向こうでバーテンダーが何かをシェイカーに入れて振っていて、その音だけがしばらく続いた。


マッチングアプリを始めた理由を、私はあまり人に言わない。「出会いがなくて」と言えば簡単なのに、それだと何かを誤魔化している気がして。正確に言うと、前の恋愛が終わって半年、誰かと話したかった。話して、笑って、「また今度」と言える関係が欲しかった。それだけのはずなのに、11月末に渋谷のカフェで2時間話して帰ってきたとき、スマホを握ったまま10分ぐらい何もしなかった。


どういう気持ちだったのか、自分でもうまく名前がつけられなかった。


23時50分。カウントダウンが始まった。


店内のBGMが切り替わって、テレビの中継音声が流れ始めた。10、9、8——バーの中がざわめく。知らない人たちが肩を寄せて笑っている。5、4、3——私は隣を見た。バーの間接照明が、彼の横顔をオレンジに染めていた。目が少し細くなって、口角が上がっていた。2、1——


「あけましておめでとう」


ほぼ同時に言って、グラスを合わせた。カチン、という音が思ったより大きかった。ビールを飲んだらぬるかった。でも笑えた。なんでかわからないけど、ぬるいビールで笑えた。


「今年、どんな年にしたい?」


私が聞くと、彼は少し考えてから言った。


「去年と全然違う年にしたい」


「私も。去年みたいじゃない年にしたい」


「似たような答えだね」


ふたりで笑った。「去年何があったの」って聞いたら「いろいろ」と返ってきて、私も「いろいろ」と言った。それ以上は聞かなかった。それ以上は話さなかった。でも、いろいろあったということだけが、なんとなく伝わった気がした。伝わった、のかな。私の思い込みかもしれない。


2時ごろ、店を出た。


代々木公園の方から風が来て、マフラーに顔を埋めた。息が白くなった。駅まで10分くらい歩いて、何の話をしていたかは覚えていない。古着の話をしたかもしれないし、好きな映画の話をしたかもしれない。でも会話が途切れたとき、変な沈黙じゃなかった。ただ歩いていた。寒いはずなのに、あまり寒くなかった。


不思議だな、と思った。それと同時に、「違うかも」という感覚も少しあった。好きかどうかわからない。合うかどうかもわからない。でもこの人といると、何かが緩んでいる。その「何か」に名前をつけるのが怖くて、ずっと保留にしていた。


改札の前で止まった。


「今年も会えますかね」


「会いましょう。また連絡します」


「はい、ぜひ」


短い言葉で別れた。ICカードをタッチして電車に乗って、ドアが閉まった瞬間にスマホを開いた。


もうLINEが来ていた。


「今年もよろしく。今日楽しかったです」


改札を抜けて何分も経っていないのに。送るのが早すぎる、とちょっと思った。思ったけど、口元が動いた。動いてしまった。電車の中で、ドア横の窓に映る自分の顔を見たら、笑っていた。


新年の最初のLINEが、2回しか会ったことのない人からだった。


それが、なんかとても良かった。


「良かった」の正体を、今なら少しだけわかる。あのとき私が欲しかったのは、たぶん恋愛じゃなかった。誰かに「今日楽しかった」と言ってもらうこと。それだけだった。でも「それだけ」が、あの冬には一番遠くにあったから。


彼とはその後も何度か会った。好きになったかどうかは、まだ答えを出していない。出さなくてもいい気がしている。ただ、大晦日にぬるいビールで乾杯したことと、寒いのに寒くなかった帰り道のことは、たぶんずっと覚えている。


知らない人と始めた新年が、今のところ一番好きな年越しだ。

この記事を書いた人

橘みあマッチングアプリ体験談ライター

27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。

このテーマを読む:初デート体験談

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