あの日と同じコーヒーを、今日もひとりで頼んでいる
下北沢のカフェで、彼と4時間話した。また会う約束をして、彼から連絡は来なかった。
下北沢のL'atelier に、月に一度くらい来る。
入口から入ると、左奥の席に座る。窓がなくて、少し薄暗い席。でも、ここじゃないと落ち着かない。理由は、一年前にここで伊藤くんと4時間話したから、それだけだ。
毎回エチオピアを頼む。「豆はエチオピアで、浅めに」と言うと、店員さんがうなずく。顔を覚えてくれているのかどうかはわからない。でも私は覚えている、一年前にここで同じ注文をしたことを。
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Tapple で伊藤くんとマッチングしたのは去年の秋だった。
プロフィールに「グラフィックデザイナー、下北沢在住、コーヒーが好きです」と書いてあった。下北沢在住、という一言が気になって「どこのカフェが好きですか」と送った。「L'atelier というところをよく使ってます」と来たから「私も好きです」と返したら、そのまま話が続いた。
実際に会う前から、なんとなく話が合いそうだと思っていた。メッセージが続くテンポが、自分と似ていた。短文と長文が混ざって、急かさない感じ。
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初めて会ったのは10月の土曜日。L'atelier の入口で待っていたら、15分遅れてきた。「すみません」とだけ言って、特に言い訳はしなかった。別にいいと思った。
コーヒーを頼んで、席に座った。彼はエチオピアを頼んで、私も同じにした。「同じですね」と彼が言った。「なんとなく合わせちゃいました」と私が答えたら、「それでいいと思います」と言って少し笑った。
話し始めると、時間が飛んだ。
デザインの話、音楽の話、下北沢の街の変化の話、好きな映画の話、コーヒーの話、実家の話。テーマが変わるたびに深くなった。彼は話を聞くのがうまかった。私が何かを言うと、「それってどういう意味ですか」と聞いてくる。聞き方が、ちゃんと聞いている感じがした。
気づいたら4時間経っていた。「もう夜ですね」と彼が言う。窓のないこの席は、外の明るさがわからない。
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店を出て、下北沢の夜の通りを少し歩いた。
「また会いましょう」と彼が言った。「会いましょう」と私も言った。「どこにします?」「L'atelier でもいいし、どこでも」「じゃあまた連絡します」。
別れて、電車に乗って、家に帰って、お風呂に入りながらあの4時間を何度も思い返した。良い時間だったと思っていた。また会いたいと思っていた。
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1週間経った。LINEは来なかった。
「最近どうですか」と送った。返信は翌日来た。「元気です、ちょっとバタバタしてて」。「そうなんですね、また落ち着いたら」と送った。「はい、また」と来た。
「また」は来なかった。
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2週間後に再度「L'atelier また行きましょうか」と送った。既読がついて、返信は来なかった。3日後「お時間あるときでいいので」と送った。既読がついた。
返信は来なかった。
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何が理由かは、今でもわからない。
4時間話して、「また会いましょう」と言って、消えた。理由を聞く勇気もなかったし、聞いたとして何か変わったかもわからない。
怒りとも、悲しみとも少し違う感情が、しばらく胸の底に沈んでいた。水の中の砂みたいに、揺らすとふわっと上がってくる。
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それでも月に一度、L'atelier に来る。
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4駅乗り過ごして、それでも待っていてくれた
初デートの待ち合わせに遅刻した。しかも間違えた駅に降りて、汗だくで18分後に到着した私を、彼女は黙って待っていた。その時の第一声が忘れられない。
左奥の席に座って、エチオピアを頼む。コーヒーが来て、カップを持って、あの4時間を少し思い出す。彼の話し方、「それってどういう意味ですか」という聞き方、コーヒーが同じだったこと。
悼んでいるわけじゃない。ただ、あの席に座ると、あの日の空気がまだ少し残っている気がする。
同じ豆、同じカップ、違う相手——それでもこのコーヒーは、一人でも美味しい。
あの4時間は本物だった、と思うことにしている。終わり方が答え合わせじゃない、と。
L'atelierのエチオピアは、今日も変わらず同じ味がする。豆の産地も、焙煎の深さも、あの日と同じ。
変わったのは私で、隣に誰もいないことが、今は普通になった。「また会いましょう」と言って消えた人のことを考える頻度も、月に一度が週に一度になって、今は思い出したときだけになった。
いつか、誰かとここに来るかもしれない。そのとき、エチオピアを頼むかどうか、まだわからない。
また来るよ、L'atelier。一人でも、誰かと一緒でも。このコーヒーは、あの日の記憶と一緒に、今日も美味しい。
あの4時間は、本物だったと思う。終わり方が答えじゃない。あの時間の濃さだけで、十分だった。それを認めるのに、少し時間がかかった。
月に一度のL'atelierが、私の時間の目盛りになっている。あの日から今日まで、何ヶ月経ったかを数えるように、飲んでいる。
一人で飲むコーヒーも、悪くない。ただ、あの日の4時間を知っているから、少し遠くを見てしまう。
この記事を書いた人
27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。