結婚式で「アプリで出会いました」と言った瞬間の空気
Pairsで出会った夫との結婚式。馴れ初めを「共通の友人の紹介」にするか最後まで迷った。正直に言った瞬間の会場の空気と、親族席の母の顔。隠さなくてよかったと思えた理由を書く。
結婚式で馴れ初めを正直に話したら、会場が凍った。
「お二人の出会いは、マッチングアプリのPairsでした」と司会者が読み上げた瞬間、空気が変わった。0.5秒くらいだったと思う。でもあの沈黙は、体感で10秒あった。手のひらがじっとりと汗ばんで、握っていたブーケの茎がぬるくなった。
隠そうとした3ヶ月間
結婚式の準備を始めたのは半年前。式場は表参道のレストランウエディングで、30人規模のこぢんまりした式にした。プランナーさんとの打ち合わせで「馴れ初めはどうされますか」と聞かれたとき、夫が即答した。「Pairsで出会いました」。私は黙った。
正直に言いたくなかった。理由は母だった。
母は60代で、地方在住で、マッチングアプリという言葉を聞いたことがあるかどうかすら怪しかった。「ネットで知り合った人と結婚する」と伝えたとき、電話の向こうで3秒くらい無言になって、「......大丈夫なの?」と言われた。声のトーンが明らかに下がっていた。
「共通の友人の紹介」にしようと思った。実際、夫と私は共通の知人がいたから、嘘ではないと言えなくもなかった。でも夫はそれを嫌がった。
「俺たちの出会いを嘘にするの?」
夜、二子玉川のマンションのリビングで言われた。テーブルの上にはプランナーから渡された進行表があって、夫はそれを見ながら言った。怒っている感じじゃなかった。ただ、まっすぐだった。
「アプリで出会ったことを隠したら、俺たちの始まりを否定してることにならない?」
その言葉が、胸の真ん中に刺さった。喉の奥がきゅっと詰まって、何も言えなかった。
3人の反応が全部違った
結婚式の1ヶ月前、何人かに馴れ初めを話す機会があった。反応は、見事にバラバラだった。
大学時代の親友は「え、Pairs! 私もやってた!」と笑った。同世代で、アプリに抵抗がない。むしろ「よく見つけたね」というニュアンスだった。彼女の周りにも、アプリで結婚した人が3組いるらしい。
会社の上司は「へぇ......」と言ったきり、話題を変えた。否定はしなかった。でも肯定もしなかった。その「へぇ」の温度が、一番こたえた。
母はもう一度電話で聞いてきた。「式のときも、そう言うの?」。声が硬かった。賛成しているわけじゃないけど、反対する理由も見つからない、という声だった。「うん、正直に言うよ」と答えたとき、電話の向こうで小さくため息がした。胃の底が、ぎゅっと重くなった。
当日の朝、まだ迷っていた
式の当日、ヘアメイクをしてもらいながら、まだ揺れていた。「共通の友人の紹介」に変えてもらおうか。今からでも間に合う。司会者に一言言えばいい。
メイクさんが「はい、目を閉じてください」と言ったとき、目を閉じた暗闇の中で考えた。なんで隠したいんだろう。アプリで出会ったことが恥ずかしいんじゃない。母にがっかりされるのが怖いんだ。
目を開けたら、鏡の中に白いドレスを着た自分がいた。右手の薬指の指輪が、照明を反射してきらっと光った。この指輪をくれた人と出会った場所を、嘘にしたくない。そう思った。
「Pairsで出会いました」の後に起きたこと
司会者が読み上げた後の0.5秒の沈黙。あの瞬間、私は親族席の母を見た。母は、少し驚いた顔をしていた。でも目が合ったとき、小さくうなずいた。口元がかすかに動いた。何を言ったかは聞こえなかった。でも否定の顔じゃなかった。
そのあと、夫が立ち上がってスピーチをした。
「Pairsでマッチングしたのは、2023年の6月です。最初のメッセージは僕から送りました。『プロフィールの猫の写真、うちの猫に似てます』って。今思うと、かなりダサいです」
会場から笑いが起きた。友人席が先に笑って、親族席もつられて笑った。空気が一気にほぐれた。私は笑いながら、目の奥がじわっと熱くなっていた。
夫が続けた。「どこで出会ったかより、出会ってからどう過ごしてきたかの方が大事だと思っています」。
シンプルな言葉だった。でも会場のあちこちでうなずく人がいた。母も、うなずいていた。
式の後、母が言ったこと
二次会には出ず、母は式の後にホテルに戻ると言った。見送るとき、母が私の手を握った。手が温かかった。
「正直に言ってよかったね」
それだけ言って、タクシーに乗った。短い言葉だった。でもあの「大丈夫なの?」から「よかったね」までの距離が、どれだけ遠かったか。私は母のタクシーが角を曲がるまで見送って、それから泣いた。化粧が崩れるとか、もうどうでもよかった。
披露宴の帰り道、夫と二子玉川の駅まで歩いた。11月の夜で、イチョウ並木が街灯に照らされて黄色く光っていた。
「言ってよかったでしょ」と夫が言った。
「うん」としか返せなかった。声がかすれていたから。
隠したかったのは出会い方じゃない。母を悲しませるかもしれない、という恐怖だった。でも隠すことの方が、ずっと母を悲しませていたと思う。
恥じた出会いと、誇った出会い。場所は同じだった。
この記事を書いた人
27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。