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恋愛体験談Tapple

初デートで割り勘を主張して、2回目は全部払った25歳の話

渋谷のレストランで彼が財布を出した瞬間、私は「割り勘にしませんか」と言った。お金の払い方を変えるだけで、二人の間にあるものが全部変わっていった話。

25歳・女性の体験
·橘みあ·5分で読める

11月の渋谷、雨上がりの夜だった。


アスファルトに街灯が滲んで、ヒールの底にまだ湿気が残っていた。Tappleで何度かメッセージを交わしたユウスケは、スクランブル交差点の手前で待っていた。27歳、不動産会社勤務、プロフィールに「料理ができます」と書いてあった人。実際に会うと、写真より少し背が高くて、少し硬かった。私も硬かった。たぶんお互い、どこかに力が入っていた。


セルリアンタワーの近くのイタリアン。予約してくれたのは彼で、コースじゃなくてアラカルトで頼みましょうと言ってくれたのも彼だった。ワインを一杯ずつ、パスタを二皿、アンティパストをいくつか。会話はそこそこ弾んで、そこそこ沈黙もあって、でも悪くはなかった。


会計が来た時、彼が当然のように財布を出した。


なんというか、「出す」というより「出てきた」という感じ。反射みたいに。二人分、8,400円。


「割り勘にしませんか」


彼の手が止まった。


「え、いいよ」と彼が言った。「気にしないで」


「気にします」


「……いや、でも」


「自分の分は自分で払いたいんです」


少し間があった。店内のBGMだけが流れていた。たしかカーラ・ブルーニだった。フランス語の歌詞が、妙に場に合っていなかった。


彼がゆっくり財布を引っ込めて、「……わかった、じゃあ割り勘で」と言った。戸惑っているというより、地図を失くしたみたいな声だった。


外に出て、センター街の方へ歩いた。雨上がりの空気が冷たくて、コートの襟を立てた。しばらくして彼がぽつりと言った。「最初に払うって言ったのに」。非難じゃない。ただ、不思議そうに。


「払ってもらったら、次のデートで返しにくくなりませんか」


「……え?」


「もし次があるとしたら、借りを作りたくなくて。お互い財布を出し合う方が、楽な気がして」


「そういう考え方もあるんだ」


彼の顔を見たら、否定でも肯定でもなく、ただ本当に「初めて聞いた」という顔をしていた。私の中で何かが少しだけほぐれた。


---


2回目のデートは下北沢だった。


SHIMOKITA COLLEGE の近くのタイ料理屋。ランチでもなくディナーでもない、夕方5時の半端な時間に入ったせいか、店内には私たちしかいなかった。グリーンカレーとパッタイと生春巻き。前回より会話が柔らかくて、前回より笑った。


締めに6,200円。


「私が払います」


今度は彼がためらった。


「え、なんで」


「私のターンだから」


「いや、でも——」


「ターンが回ってきました。受け取ってください」


少し笑いながら「わかりました」と彼が言って、財布を引っ込めた。さっきより素直だった。


店を出て、下北沢の狭い路地を並んで歩いた。古着屋の前、ライブハウスの前、小さなカレー屋の前。彼が言った。「こういうの初めてだった」


「何が」


「女性から出してもらうの。なんか……新鮮で」


「普通に次の人が払う方が、気持ちよくないですか」


「気持ちいい。確かに」少し考えてから、「なんか、対等な感じがする」と彼が言った。


対等。


その言葉が夜の冷気の中に浮かんで、私の胸のあたりにゆっくり落ちてきた。


---


3回目は彼が払って、4回目は私が払った。5回目に彼が「今日は割り勘にしない?」と提案してきた時、それがなんとなく嬉しかった。ルールじゃなくなっていた。その日の気分で決めていい、そういうことになっていた。


不思議なことが起きた。


お金の払い方が変わると、会話の質が変わった。正確に言うと、私の背骨の通り方が変わった。「おごってもらってる」という薄い引け目がなくなったら、自分の意見を言う時に一瞬ためらっていた部分が消えた。映画の感想も、行きたい店の候補も、ちょっとした不満も、以前より軽く口から出てきた。


彼側も変わった気がした。「奢ってあげてる」というニュアンスが消えたのか、なんとなく態度が柔らかくなった。断言はできない。でも、何かが違った。


好きかどうか、正直なところ最初はよくわからなかった。一緒にいると落ち着くのか、それとも単に「悪くない」だけなのか、自分でも判定がつかない時期があった。それでも会い続けたのは、この人といる時に「自分でいられる感覚」があったからだと思う。気づけばそれが、答えになっていた。


---


先月のこと。


仕事でひどい一週間を過ごした後のデートで、彼が言った。「今日は俺に払わせて」


いつものターン制じゃなかった。ルールとして言ったんじゃなかった。


胸の奥が、じわっと温かくなった。鼻の奥が少しだけ痛くなった。なんでもないふりをして「じゃあお願いします」と言ったけど、声が少し掠れた。


払うことが「義務の遂行」になる時と、「好意の表明」になる時がある。その違いがわかるようになったのは、あの初デートの割り勘があったからだと思う。ゼロから積み上げたから、彼の「払わせて」の重さがちゃんとわかった。


お金の話は、つまり関係性の話だった。


誰かに何かを払ってもらうということは、その人の側に少し引き寄せられるということ。最初の夜、私が4,200円を出したのは、彼に引き寄せられたくなかったからじゃない。自分の重心を、自分の足の下に置いておきたかっただけだ。


対等な場所に立ってはじめて、近づきたいと思える人がいる。

この記事を書いた人

橘みあマッチングアプリ体験談ライター

27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。

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