期待しすぎて傷ついた。期待のコントロールについて
「こうしてくれるはず」という期待が、勝手に育っていた。期待を手放してから、ラクになった。
「誕生日くらいはサプライズしてくれるだろう」と思っていた。
当日、普通の夜ご飯だった。
代々木の居酒屋で、いつもと同じように飲んで、いつもと同じように帰った。誕生日のことを彼は知っていた。「今日だよね」とちゃんと言ってくれた。でも「何かしよう」という素振りはなかった。
帰りの電車の中で、傷ついていた。
傷ついた、と気づいてから、少し考えた。「サプライズしてほしい」と伝えたことは、一度もなかった。「誕生日どうしたい?」と聞かれたとき「別に何もしなくていいよ」と言っていた。それは本心じゃなかったのに。
一方的な期待が、一方的な失望になっていた。
「わかってほしい」という罠
「言わなくてもわかってほしい」という気持ちは、恋愛の中でかなり強く働く。特に付き合い始めて半年以上たつと、「もうそれくらいわかってるはず」という感覚が出てくる。
「サプライズが好きなのは知ってるはずなのに」「寂しいって気づいてくれてもいいのに」「こういうとき連絡してほしいって、言ったことあるのに」——でもその「言ったこと」は、たいてい一度だけで、重要度が伝わっていない。
相手への期待は「自分だったらこうするのに」から来ることが多い。自分が誕生日にサプライズを喜ぶから、相手もそうするだろうと思う。でも相手は別の人間だ。別の家庭で育って、別の恋愛をしてきた。「当然」は、自分の中にしかない。
期待を言葉にすることにした
翌日、「実は昨日少し寂しかった」と話した。喧嘩じゃなく、ただ話した。
彼は「えっ」と言って少し黙ってから「言ってくれてよかった、全然わからなかった」と言った。「『何もしなくていい』って言ったから、本当に何もしなかった」と言われた。「そう言ったけど、本心じゃなかった」と言ったら「それは伝わらないよ、さすがに」と苦笑いされた。
それはそうだ、と思った。「何もしなくていい」は「何かしてほしいけど言いたくない」の代わりにならない。
「じゃあ正直に言う。誕生日は一緒に特別な夕食を食べたい。できれば少し遠出したい」
言ってみたら、思ったより難しくなかった。
「それは絶対できる、来年覚えておく」と彼は言った。「今年の埋め合わせもする」と言ってくれた。「埋め合わせなくていい、ただ知ってほしかっただけだから」と私は言った。
Pairsやwithで最初に会う人に対して、後から「もっとこうしてほしかった」と思うことは多い。でも言っていなければ、相手には届かない。伝えた上で叶えてもらえれば嬉しい。叶えられなければ「できない理由がある」か「合わない」かのどちらかだ。
期待を手放すとはどういうことか
「〇〇してくれるはず」という前提を捨てること、と理解している。
してくれたら「ありがとう」。しなくてもそれがその人。
これは「諦め」とは違う。相手への期待を「自分のものさし」で設定しないということだ。相手を「その人のまま」で受け入れる、ということに近い。
誕生日の話に戻ると、翌年の私の誕生日に彼は鎌倉に連れて行ってくれた。江ノ電に乗って、由比ヶ浜を歩いて、海沿いのレストランで夕食を食べた。海が暗くなる時間帯で、波の音が聞こえていた。
「覚えてたんだ」と言ったら「覚えてないわけない」と言われた。
ハードルを下げたから、小さなことで「嬉しい」と感じられるようになった。それは心が狭くなったんじゃなく、広くなったのだと思っている。
よくある質問
期待しすぎて傷つく心理的な理由は何ですか↓
期待を手放すにはどうすればいい↓
期待のコントロールで人間関係は改善しますか↓
この記事を書いた人
27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。