フェードアウトされた後にやったこと、やらなかったこと
3回デートして急に既読スルーになった。怒りとも悲しみとも違う、あの感覚の正体。フェードアウトされた後にやって良かったこと、やらなかったこと——マッチングアプリ体験談として、立ち直るまでの過程を正直に書く。
3回目のデートの帰りに「また来週ね」と言ったのは、彼の方だった。
東急東横線、渋谷行きのホームで別れた。帰りの電車の中で軽くメッセージを送ったら「楽しかったです、来週も」と返ってきた。それが最後だった。
翌週、連絡する前に待ってみた。こっちから連絡しない日が3日続いた。4日目に「来週はどうしますか」と送ったら、既読がついて返信がなかった。5日後に「忙しいですか?」と送ったら、また既読だけ。
胃のあたりが重くなる感覚は、悲しさとも違った。混乱、というのが近かったかもしれない。「来週また」と言ったのはあなたでしょうというシーンが、頭の中で繰り返し再生された。
電車を降りてからも、どこかぼーっとしていた。改札を出て、コンビニに入って、何も買わずに出た。部屋に戻ってから彼との会話のログを上から読み返した。どこかに「違和感」があったんじゃないかと探した。なかった。少なくとも、私には読めなかった。
やってしまったこと
7日目に「何かありましたか、最後に言いたいことがあれば聞きます」というメッセージを送ってしまった。文章を打ちながら「これはやめた方がいい」とわかっていたのに送った。相手は既読もつけなくなった。
これはやらなかった方がよかった。相手がフェードアウトを選んでいる時点で、「向き合った終わり方」を求めていない。それを強要するようなメッセージは、相手の選択を否定している。送った自分が少しだけましな気持ちになるためのメッセージだった。
送った後、「少しだけましな気持ち」になったかというとそうでもなかった。むしろ、届かない言葉を投げた感触が残った。誰もいない部屋に向かって叫んだような、あの空虚さに近い。
やって良かったこと
ログを消した
メッセージのやりとりを何度も読み返すのをやめるために、スレッドを削除した。見えなくなると、確認する理由がなくなる。消す前に「これが最後だ」と思って1回読んで、消した。
消す直前、最後のやりとりを読みながら、「これだけの言葉を交わしたのに、こういう終わり方もあるんだな」と思った。それだけだった。感情的な言葉は出てこなかった。ただ、静かに終わった感じがした。
友達に話した
話すことで「どういう状況か」が整理された。頭の中でぐるぐる考えているより、言葉にする方が早く現実を受け入れられる。話した友達が「それはどう考えても相手がおかしい」と言ってくれたことで、「自分のどこが悪かったか」の自己分析ループから抜け出せた。
友達に話すのが恥ずかしかった。「フェードアウトされた」という事実を声に出すのに、少し時間がかかった。でも話してみると、「あー、それ私もあったよ」という言葉が返ってきた。珍しいことじゃなかった。それだけで、少し楽になった。
別の人とマッチングした
意図的に、次の日にアプリを開いた。新しい人の写真を見て、プロフィールを読んで、メッセージを送った。あの人のことを考える時間の「量」を、物理的に減らした。
最初は「こんな気持ちで開いていいのか」と思った。でも開いてみたら、普通にプロフィールを読んでいた。全部を忘れたわけじゃないけど、「今ここにいる自分」が動いていた。
フェードアウトは「評価」じゃない
一番時間がかかったのは、「フェードアウトされた理由を自分の中で見つけようとする習慣」を止めることだった。
理由は向こうにしかわからない。他に気になる人ができたかもしれないし、急に忙しくなったかもしれないし、なんとなく気持ちが冷めたかもしれない。「あのとき違う返し方をしていたら」という仮定は、全部無駄だった。
フェードアウトされることは、あなたの価値への評価じゃない。相手の選択の話だ。それが腹落ちするのに、1ヶ月かかった。
1ヶ月後、渋谷の東急東横線のホームを使ったとき、あのときのことを少しだけ思い出した。それだけだった。もうそこには痛みがなかった。
フェードアウトを超えた先にあったもの
半年後、新しい人に出会った。代官山のカフェで初めて会ったとき、「この人とは連絡が途絶えない気がする」と直感した。理由はわからない。でも、手のひらに汗をかきながらも、安心感があった。フェードアウトされた経験があるから、「連絡が続くこと」の有り難さがわかるようになった。当たり前じゃない。返信が来ること自体が、相手の時間を使ってくれている証拠だ。喉の奥が温かくなった。あの痛みは、無駄じゃなかった。
フェードアウトは恋愛の一部だ。全員と上手くいくわけがない。恵比寿の帰り道、イヤホンであいみょんの「マリーゴールド」を聴きながら歩いた夜のことを今でも思い出す。心臓の奥がじんわり温かかった。傷は癒える。次の出会いは必ず来る。手のひらの汗を拭いて、新しい「はじめまして」に向かえばいい。あの夜の公園のベンチで食べたアイスの味を、なぜか覚えている。甘かった。それ以上は考えなかった。
この記事を書いた人
27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。