ゴーストされた理由を考え続けた夜
3回デートして4回目の約束をした夜、LINEを送ったら既読がついた。でも返信は来なかった。1日、2日、3日——ゴースティングされた理由をひたすら考え続けた夜の記録と、マッチングアプリ体験談として正直に向き合った話。
3回デートして、4回目の約束をした夜だった。
中目黒の居酒屋を出て、目黒川沿いを少し歩いた。「また来週」という言葉と一緒に駅で別れて、家に帰ってからLINEを送った。「今日も楽しかったです、来週もよろしくお願いします」という短いメッセージ。
既読がついた。でも返信は来なかった。
1日待った。2日待った。3日目に「お元気ですか」と送った。既読がついて、返信が来なかった。そこから先は、連絡しなかった。
スマホを裏返しにして、テーブルに置いた。表にしても何も変わらないとわかっていても、また表にして確認した。その繰り返しを、何度やっただろう。
なぜゴーストするのか、という問いに答えはあるか
「なぜ」を考え始めると、止まらなくなる。
最後のデートで何か失言したか。盛り上がりが足りなかったか。他の人とダブルブッキングしていたか。返信するのが面倒になったか。ただ気持ちが冷めただけか。
全部、可能性としてはある。でも正解は永遠にわからない。
その夜、「あの中目黒の居酒屋での会話」を頭の中で再生した。何が悪かったのかを探しながら。でも探せば探すほど、「あのシーンが問題だったかも」という仮説が増えるだけで、答えは出なかった。
相手がゴーストを選ぶとき、多くの場合「説明するコストより消えるコストの方が低い」という判断をしている。それは相手の都合であって、こちらの価値への評価じゃない。頭ではわかっていた。でもその夜、頭と気持ちは全然別の場所にあった。
ゴーストされた後にやってしまったこと
4日目に、「何かあれば教えてください、もう連絡しません」という長めのメッセージを打って、消した。送らなかった。
消したのは正解だったと思う。ゴーストされた側が「もう連絡しません」と宣言することは、相手に「返事をしなければいけない」という感情を起こさせない。ただの自分の感情の吐露にすぎない。それを送ったところで、状況は何も変わらない。
SNSで相手のアカウントを探したのも、やってしまったことの一つだった。見つけた。最終ログインが「今日」だとわかった。生きていた。スマホを見ていた。返信しなかった。その事実が、妙にリアルで苦しかった。
1週間後、相手のInstagramに新しい投稿があった。代官山のカフェで撮った写真。晴れていた。幸せそうに見えた。それを見た瞬間、胸の奥が締まる感じがした。こちらが夜中にスマホを確認し続けていた間、向こうは普通に日常を生きていた。その非対称さが、くっきりと可視化された。見なければよかった。でも見てしまった。それも、ゴーストの後あるあるだ。
ゴーストされた後にやって良かったこと
1週間後にアプリを再起動した。新しい人を探すためではなく、「自分がまだここにいる」という確認のために。
スマホの画面を見ていると、世界が変わらず続いていることが少しだけ体感できる。それだけで、「あの人との時間が終わった」という事実が、少しずつ現実になっていった。
友達に話した。「ゴーストされた」と言ったら、「あるある、私も2回なった」と言われた。その「あるある」が、変に救いになった。
ゴーストする側の心理
正直に言うと、過去に自分もゴーストに近いことをしたことがあった。「なんとなく気が乗らなくなった」「断るのが申し訳なくて」という曖昧な理由で返信を遅らせ続けた。
ゴーストされた側の夜を経験してから、それが相手にどんな時間を与えるかを初めて想像できた。
ゴーストは終わり方の選択だ。でも選んだ側は夜を気にせず眠れて、選ばれた側が夜中にスマホを見続ける。その非対称さを、あの夜に初めて理解した。
「来週」という言葉を聞いた時点では、本気でそのつもりだったのかもしれない。人の気持ちは変わる。でも変わったなら、変わったと言ってほしかった。それだけだった。言えない理由があるのはわかる。でも言えない人に、言えるようになってほしいとは思えない。あの夜のスマホの画面を、もう一度見たいとは思わない。
あの夜があったから、次に進めた
考え続けた夜は無駄じゃなかった。代官山のカフェで新しい人と会ったとき、「この人もゴーストするかもしれない」という不安が一瞬よぎった。でもそれを受け入れた上で、目の前の会話に集中した。手のひらが汗ばんでいた。でも前とは違う。あの深夜2時の天井を知っているから、もう同じ痛みが来ても耐えられる。心臓がドクドク鳴る。生きている証拠だ。恵比寿の夜風に当たりながら、深呼吸した。もう大丈夫だと思えた。
深夜2時に天井を見つめた夜を超えて、今がある。恵比寿のカフェで笑える日が来ると、あの頃は思えなかった。でも来た。心臓がドクンと跳ねる新しい出会いがあった。手のひらの汗は相変わらずだけど、もう怖くない。ゴーストされる可能性を受け入れた上で、目の前の人に全力で向き合う。それしかできないし、それで十分だった。吉祥寺の夜風が気持ちよかった。
この記事を書いた人
27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。