優しくされることに慣れていなかった、という話
「どうして私にこんなに優しくするんだろう」と疑ってしまった。優しさを受け取ることも、練習がいる。
疑うことが、癖になっていた
Pairsで彼と話し始めたのは、去年の11月のことだった。
マッチングして最初のメッセージが「プロフィールの吉祥寺の写真、どこで撮ったんですか?」だった。変なナンパ文句でも、コピペの定型文でもない。ちゃんと私のことを見てくれたんだ、と思った。その時点で、ちょっと構えた。
3回のデートを経て、5回目に「もう少し会う頻度増やしたいんですけど、どうですか」と言われた。嬉しかった。嬉しかったはずなのに、家に帰ってから「なんでだろう」とずっと考えた。なんで私に、そんなに会いたいんだろう。何か目的があるんじゃないか。
おかしい話だとは、わかってる。
誕生日を覚えていてくれた
付き合って3週間が経ったころ、彼からLINEが来た。
「今日、誕生日ですよね。おめでとうございます」
23時のLINEだった。私のプロフィールのどこかに書いてあったのか、以前の会話で出てきたのか、もう覚えていない。でも彼は覚えていた。それだけで胃のあたりがぎゅっとなった。
次に会った時、「今日しんどそう」と言われた。仕事でちょっとごたごたしていたことを話した記憶はあるけど、「顔に出てたんですね」と苦笑いしたら、「そういうの、ちゃんと気づきたいです」と言われた。
「何か食べたいものある?」と聞いてくれた。
嬉しかった。嬉しかったのに、どこかでずっと「何か裏があるんじゃないか」と疑っていた自分がいた。優しさを受け取るたびに、その裏側を探していた。
昔の話をすると、少し恥ずかしい
前の彼氏の話をすると、今でも喉の奥に何かつかえる感じがする。
26歳の時に2年付き合った人がいた。悪い人ではなかった。でも、誕生日を忘れることは当たり前で、私が「しんどい」と言えば「みんなしんどいじゃん」と返ってきた。「何が食べたい?」なんて聞かれたことは、たぶん一度もない。どこに行くか、何をするかは、だいたい彼が決めた。
それが「普通」だと思っていた。
正確には、それが「私に与えられるもの」だと思っていた。誰かに優しくしてもらうことへの期待を、いつからか手放していた。期待しなければ、傷つかないから。
だから彼みたいな人が現れた時、その優しさを素直に受け取るルートが、自分の中になかった。代わりに「どうして?」「なんで私に?」という疑問符が自動的に立ち上がった。受け取る前に、疑う。それが癖になっていた。
「信じてもらえますか、とは言えないけど」
ある日、中目黒を一緒に歩きながら、思い切って言った。
「優しくされることに慣れていなくて、疑ってしまうんです。ごめんなさい」
ちょっと沈黙があった。川沿いの風がうるさかった。
「そうなんですね」
怒らなかった。呆れた顔もしなかった。少し間を置いて「どんな経験があったか、教えてもらえますか」と聞いてくれた。
歩きながら話した。前の人のこと、「普通」だと思っていたこと、期待を手放した話。彼はほとんど口を挟まずに聞いていた。
「それはしんどかったですね」
その言葉だけで、ちょっと目が熱くなった。「えー、泣かないよ」と笑ってごまかしたけど、声がかすれた。
「でも」と彼が続けた。「私はそういうことをしないです。信じてもらえますか、ってことは言えないけど、見ててもらえたら、と思います」
言えないけど、見ててもらえたら。
その言葉が、妙にリアルだった。「絶対に傷つけない」じゃなくて、「見ててほしい」。証明しようとするんじゃなく、時間の中で見せていくと言っている。そういう誠実さを、私はそれまで受け取ったことがなかった。
「ありがとう」と言う練習
それからしばらく、意識的にやっていることがある。
優しくされた時に「なぜ?」と考えるより、先に「ありがとう」と言う。口に出す。
最初はすごく不自然だった。「ありがとう」と言いながら「でも裏があるかも」と考えている自分がいた。口と頭が一致していなかった。それでも続けた。言葉を先に出すと、少しずつ感情がついてくる。そういうものらしい、と気づいた。
具体的にやったのはこういうことだ。
1. 優しくされた瞬間に、まず「ありがとう」と声に出す。考えるのは後でいい。
2. 「なんで優しくしてくれるの?」という疑問が浮かんだら、「この人はそういう人なんだ」と一回置き換えてみる。
3. もし不安が続くなら、その不安を相手に正直に話す。「疑ってしまっている自分がいる」と言える関係かどうか、それ自体が相手を測るひとつのヒントになる。
3つ目が、私には一番しんどくて、一番効いた。
怖くて、安心
今は、優しくされることが少しずつ「普通」になってきた。
誕生日を覚えていてもらうことが、当たり前に嬉しい。「しんどそう」と気づいてもらうことが、ありがたい。「何食べたい?」に、ちゃんと「カレーが食べたい」と答えられる。
それが怖い、と思う時もある。こんなに誰かに慣れてしまっていいのか、という感覚。「普通」が崩れる時のことを、たまに考えてしまう。
でも同時に、ちゃんと安心している。
優しくされることに慣れていなかったのは、私の問題だった。過去の経験が作った、私の中の回路の問題だった。でもそれに気づけたのは、疑っている私に対して、怒らずに「見ててほしい」と言ってくれた人がいたからだ。
受け取ろうとする相手がいなければ、受け取る練習はできない。
優しさは、差し出されるだけでは完成しない。受け取る側が、手を開かないといけない。
よくある質問
優しくされることに慣れていないのはなぜ?↓
優しくされると疑ってしまう心理は治せる?↓
優しさを素直に受け取るにはどうしたらいい?↓
この記事を書いた人
27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。