価値観が合わなかった夜、後悔した恋の話
「価値観の合う人がいい」とプロフィールに書いていた。でも別れ際に「価値観が違う」と言われたとき、どこが?と聞いたら「全体的に」としか返ってこなかった。「価値観」とは具体的に何か——3回の恋愛を振り返って考えたこと。
「価値観の合う人がいい」
アプリのプロフィールにそう書いていたし、相手にも求めていた。でも「価値観」って何だ、と改めて考えたことがなかった。
付き合って1年目に別れた人に「価値観が違う」と言われたとき、「どこが?」と聞いたら「全体的に」と返ってきた。全体的に。意味がわからなかった。でも聞いても具体的に答えてもらえなかった。
その後しばらく、「価値観って何なのか」を考えた。3回の恋愛を振り返って、「合ってよかったもの」と「違ってもよかったもの」を整理してみた。
「価値観」を具体的に分解する
「価値観が合う」という言葉は便利すぎて、実は何も言っていない。具体的に何が合っていれば「価値観が合っている」のか。別れた後、これを考え続けた。
整理してみると、「合っていた方がよかったもの」と「違っていてよかったもの」がはっきり分かれた。
合っていた方がよかったもの。お金の使い方(節約重視か、使うことを楽しむか)。将来の生活スタイル(都市か地方か、転勤に対する考え方)。時間の感覚(几帳面か、ゆるいか)。働くことへの向き合い方(仕事が軸か、プライベートが軸か)。
これらが大きく違うと、日常の「なんでわかってくれないんだろう」の蓄積になりやすかった。「仕事終わりに飲みに行く」ことへの温度感が違って、毎週小さくぶつかった。「休日は外に出たい」「休日は家でゆっくりしたい」のすれ違いが3ヶ月続いた。
違っていてよかったもの。趣味の内容(同じじゃなくていい。尊重できれば)。出身地・育った環境(違う方が話が面白かった)。好きな食べ物(本当に何でもよかった)。話し方のスタイル(早口・ゆっくり、論理的・感覚的)。
「価値観が合う」ことの誤解
「価値観が合う」は「全部同じ」じゃない。
大事な部分が一致していれば、細かい違いは「面白さ」になる。出身が北海道と沖縄で全く違う人と付き合ったことがあって、食べ物の話、気候の話、地元のあるある話が毎回面白かった。「違い」がコンテンツになっていた。
問題が起きるのは、「大事な部分」が違うとき。お金の使い方、将来のビジョン、どこに軸を置いて生きているか。これらが根本的に違うと、どんなに好きでも日常が疲れていく。
2年付き合った人と別れた理由の一つは、「休日の使い方」だった。彼は土日に誰かと過ごすことが好きで、私は一人の時間が必要な人間だった。どちらが間違いでも正解でもない。ただ、毎週の週末に「どうする?」の摩擦が続いた。
3ヶ月目から、日曜の夜が憂鬱になっていた。月曜からの1週間より、「明日また何か言われるかも」という予感の方が重かった。好きな気持ちと、摩擦の疲れが同時にあった。好きだから続けた。でも疲れが積み重なって、「好き」だけでは足りなくなった。別れた後、「なぜ早く気づかなかったのか」ではなく「気づいていたのに目をそらしていた」という事実が残った。
何を先に明確にすべきか
「価値観が合う人を探す」より、「何が自分にとって大事な価値観か」を先に明確にする。それだけで、人を見る目が変わった。
「将来は東京以外に住みたい」という人が、「ずっと東京にいたい」と思っている人と付き合っても、どちらかが妥協することになる。最初から「どっちですか」と聞ける関係が、正直でいい。
恵比寿で会った人に「仕事とプライベート、どっちが大事ですか」と聞いたことがある。ちょっと唐突だったかもしれない。でも「どっちも大事だけど、最終的にはプライベートかな」という答えが、私に合っていた。
遠回りしながら学んだのは、「何を大事にしているか」を早めに話した方が、お互いの時間を尊重できるということだった。
「全体的に価値観が違う」と言われた別れから2年。その言葉の意味がようやくわかった気がする。全体的に違っていたんじゃなくて、一番大事な部分が違っていたんだ。でも当時の私たちは、その「一番大事な部分」を言葉にして確認したことが一度もなかった。
価値観のすり合わせは、ケンカから始まる
ケンカを避けていた時期がある。でも、新宿の居酒屋で初めて言い合いになったとき、お互いの価値観の輪郭がはっきり見えた。怒りの中に本音がある。彼が「時間をもっと大切にしてほしい」と言ったとき、心臓がドクンと鳴った。遅刻癖を直さない自分への苛立ちだった。吉祥寺の帰り道、手をつなぎ直した。ケンカした後の手のひらは、いつもより温かかった。価値観が合うかどうかは、平穏な日常じゃなく、衝突の後にわかる。
価値観のすり合わせは終わらない。付き合って1年経っても、新しいズレが出てくる。でもそのたびに話し合えるかどうかが、関係の強度を決める。渋谷の帰り道、彼と手をつなぎながら「完璧に合う人なんていない」と思った。心臓がじんわり温かくなった。合わない部分をどう受け入れるか。そこに愛情がある。手のひらの汗は、もう不安じゃない。この人と一緒にいたい、というシンプルな気持ちの表れだった。
この記事を書いた人
27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。