付き合って41日目、まだPairsのアプリを消せていなかった
告白に「はい」と答えたのに、iPhoneのホーム画面2ページ目にPairsが残っていた。「この人でよかった」の確信が来たのは、38度の熱を出した彼の玄関先だった。アプリ恋愛の後遺症と、消せた夜の話。
38度の熱を出した彼の玄関で、泣きそうになった。
——でもそれは、まだ先の話。
付き合って41日目、まだPairsのアプリを消せていなかった。通知をオフにして、iPhoneのホーム画面の2ページ目に移動した。でも消せなかった。理由は言えなかった。「もしものとき」という言葉が浮かんで、そこで考えるのをやめた。
彼はアプリで出会って、渋谷のスタバで3回目のデートのときに告白してくれた人で、悪い人じゃない。むしろいい人だと思う。でも付き合って1ヶ月、「この人でよかった」という確信が、まだ来ていなかった。
選んだ感覚がない
5回デートしてから告白された。「付き合ってください」という言葉に「はい」と答えた。
でも「はい」と言いながら、「まだ話したことのない人が世界に何人いるか」を考えていた。心臓が跳ねるでもなく、手が震えるでもなく、ただ静かに「はい」と言った。
おかしいと思う。でもアプリを6ヶ月間使っていたあと、それが止まらなかった。アプリには常に「次の候補」がいた。マッチングしても会わなかった人が何十人もいる。そのどこかに、もっと合う人がいるかもしれない。
付き合ってからも、その感覚が消えなかった。
「好きかどうかわからないのに付き合ったの?」と聞かれると、違う。好きだった。でも「これが答えだ」という感覚が来るのを、まだ待っていた。6ヶ月間選び続けてきた後遺症みたいなものが、付き合ってからも残っていた。
彼が熱を出した夜
付き合って2ヶ月のとき、彼から「熱が38度ある」とLINEが来た。
どうするか少し考えた。行った方がいいのかな。でも「こういうとき行く関係なのか」がわからなかった。アプリで出会ってから、相手の具合が悪い場面に立ち会ったことがなかった。
恵比寿のファミマでポカリとウィダーインゼリーを3種類買って、彼の家に向かった。夜の11時に、山手線に乗って。レジ袋のがさがさいう音が、静かな車内に響いた。
ドアを開けた彼が、半分目を細めながら「来てくれたんだ」と言った。額に貼った冷えピタが少しずれていた。驚いてるような顔だった。
「来るよ」と言ったら、少し笑った。
台所でポカリをコップに注いでいるとき、「来てくれるとは思わなかった」と言われた。「なんで?」と聞いたら「まだ2ヶ月だから」と言われた。
その言葉を聞いたとき、喉の奥がぎゅっと詰まった。鼻の奥がツンとした。何かがかちっとはまった感じがした。
「……2ヶ月とか関係ないよ」
自分の声がかすれていた。
帰り道に消した
帰り道の電車で、PairsのアプリをiPhoneから削除した。
「もしものとき」のために残しておいたアプリが、なくなった。指先が少し震えていた。でも迷いはなかった。
「選ばれた」という感覚は、告白された日に来なかった。「この人でよかった」という確信は、熱を出した彼が「来るとは思わなかった」と言った夜に来た。
アプリで出会うと、関係が始まってからも「まだ選んでいる」状態が続くことがある。選択肢に慣れすぎて、「これが答えだ」という瞬間が来ても気づけない。アプリを消せたのは、選ぶことをやめたからじゃなくて、選んだという実感がやっと来たから。
選び続けることに疲れたんじゃない、選び終わったと気づけただけだ。
アプリを消した日
47日目の夜、やっと消した。
きっかけは些細なことだった。彼が38度の熱を出して、LINEで「しんどい」と一言だけ送ってきた。渋谷のオフィスから品川の彼の部屋まで、京急で20分。コンビニでポカリスエットとウィダーインゼリーとアイス枕を買って、彼の玄関のドアを開けた。
部屋は暗かった。エアコンの風の音だけがしていた。彼はベッドで丸くなっていて、私の足音で目を開けた。
「来てくれたの」
声がかすれていた。額に手を当てたら、焼けるように熱かった。汗ばんだ髪が額に張り付いていた。
ポカリをコップに注いで、枕元に置いた。アイス枕をタオルで包んで首の下に入れた。彼が「ありがとう」と言って、また目を閉じた。
その横でスマホを開いて、Pairsのアイコンを長押しした。「削除しますか?」の確認画面が出た。親指が震えた。でも今度は迷わなかった。
削除した。
「もしものとき」は来なかった。38度の熱の彼の横にいて、他の誰かの保険をスマホに残しておく意味がなくなった。
彼が寝息を立て始めた。小さな部屋にポカリの匂いとエアコンの音。窓の外は品川の夜景が光っていた。
それが正解かどうかは、5年後にわかると思う。
この記事を書いた人
27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。