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恋愛体験談Tapple

寒い夜に黙って体を寄せてきた彼に、返事は言葉じゃなかった

12月の中目黒、肩がぴたっとくっついた瞬間。何も言わなかった。歩調も変えなかった。それなのに、その夜の体温だけが、3ヶ月分の記憶の中で一番はっきりしている。

25歳・女性の体験
·橘みあ·4分で読める

12月の中目黒は、川沿いの風が刃みたいに刺さる。


目黒川沿いのイルミネーションがちょうど始まる季節。昼間は映えスポット目当ての人で溢れるあの道が、夜の10時を過ぎると急に静かになる。足音と、水の音と、どこかの店から漏れてくるBGMだけになる。その静けさが、私はなんとなく好きだった。


Tappleで知り合ったコウと付き合って、3ヶ月が経っていた。


マッチングアプリで会った人と付き合うのは初めてで、最初の2週間くらいはまだどこかぎこちなかった。ちゃんと好きになっていいのかどうか、探るような気持ちがあった。でも気がついたら、中目黒のこの道を一緒に歩くのが当たり前になっていた。デートのたびに来ていた。それが定番、というより、他の場所に行く理由を思いつかなかっただけかもしれない。ここにいれば、ちょうどいい感じになれる気がして。


その夜は特に寒かった。


天気予報で「今季一番の冷え込み」と言っていたのを思い出す。コートのボタンを全部留めた。ポケットに入れていた手袋を出してはめた。マフラーを口元まで、いや鼻の下まで引き上げた。それでも耳が痛かった。吐く息が白い。足先がじんじんしてくる。


隣にコウがいた。


同じ方向を見ながら、黙って歩いていた。


この人と並ぶと不思議と会話が途切れても焦らない、ということにいつ頃気づいたんだろう。沈黙を埋めなきゃという焦りがない。疲れているわけじゃない。気まずいわけでもない。ただ、歩いていた。川の向こう岸に並ぶイルミネーションが、黒い水面にゆらゆらと映っていた。DEAN & DELUCAのロゴが入った袋を持った女の子たちとすれ違った。スニーカーが濡れた石畳に当たる音。風。水のにおい。


コウの肩が、ぴたっと私の肩にくっついた。


何も言わなかった。歩調も変えなかった。ただ、寄ってきた。


寒いから。それだけのことだと思った。


でも胸のどこかがざわついた。ざわつく、という表現が合ってるかどうかもわからない。どきっとしたわけじゃない。でも確かに何かが動いた。体の内側の、肋骨のあたりが、少しだけぎゅっとした感じ。


私はコートのボタンを全部留めたまま、少しだけ、コウの方に体を傾けた。


肩と肩がちゃんとくっついた。


温かかった。


コートの生地を通して、彼の体温が伝わってくる。それだけのことなのに、歩きながら自分の呼吸が少し浅くなっているのがわかった。寒さのせいにしようとした。そういうことにしておきたかった。


「寒いね」


コウが言った。前を向いたまま。


「うん」


「もう少し歩く?」


「歩く」


それだけだった。それだけで十分だった。


川沿いをまた歩いた。肩がくっついたまま。誰かと並んで歩くとき、これほど自分の姿勢を意識したことがあっただろうか。傾けすぎたら変かな、とか、もう少し寄ってもいいのかな、とか、普段は絶対に考えないことを考えながら歩いた。バカみたいだと思いながら、でも考えるのをやめられなかった。


人と体温を分け合う、ただそれだけのことが、こんなに胸に刺さるものだとは知らなかった。


川べりのベンチに、カップルが一組座っていた。女の子がずっと男の人の肩に頭を乗せていた。羨ましい、と思ったかもしれない。それとも、私も今そういう時間の中にいるんだろうか、と思ったかもしれない。どちらだったか、もう定かじゃない。


カフェに入ったのは、体が限界に近づいてきた頃だった。


中目黒駅の近くの、小さくて薄暗い店。外から見ると満席かと思ったけど、奥に二人掛けのテーブルが空いていた。温かい空気が顔を包んだ瞬間、体の力が抜けた。席についてコートを脱いだら、肩のあたりがすうっとした。


寂しい感じ、とでも言えばいいのか。


体温が離れた場所が、急に冷えた気がした。気のせいだと思う。コートを脱いだだけなのに。でも確かにそこだけ、温度が下がった気がした。


コウが温かいコーヒーを二つ頼んでくれた。ホットコーヒーのメニューを確認しながら、店員さんにさらっと言う横顔を見ていた。こういうとき、聞いてくれないんだ、と思った。私が何を飲むか聞かないで、同じものを二つ頼んでくれる。それが嬉しかったのか、ちょっとだけ複雑だったのか、自分でもよくわからなかった。好きと「違うかも」がそっと同居していた、あの頃の感覚。


「ありがとう」


言ったら、コウが少し間を置いて言った。


「さっきのお返し」


「さっき?」


「寄ってくれたの」


気づいてたんだ。


私が体を傾けたことを、黙ったまま気づいていたんだ。あの瞬間ずっと前を向いていたくせに。何も言わなかったくせに。


喉の奥が、少し詰まった。泣くとか、そういうことじゃない。ただ、ぎゅっとした。言葉にしなかったことを、ちゃんと受け取ってくれていたということが、何より、受け取った上でずっと黙っていてくれたということが、胸の真ん中に当たった。


黙ってた意味、なかったじゃん。そう思った。思ったけど、言わなかった。


代わりにコーヒーを飲んだ。熱いのに急いで飲んだ。カップを両手で持って、顔に近づけて、湯気で顔が赤くなっているふりをした。コーヒーのせいにするために。ちゃんとごまかせていたかは、今でもわからない。


あの夜のことを思い出すとき、イルミネーションよりも、カフェのコーヒーよりも、肩の感覚だけが残っている。コートの上から伝わってきた、体温。言葉じゃなかったもの。


言わなかったことの方が、ずっと長く体に残る。

この記事を書いた人

橘みあマッチングアプリ体験談ライター

27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。

このテーマを読む:初デート体験談

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