3回目のデートで泣いてしまった。彼がしてくれたことが忘れられない
お父さんの話が出て、気づいたら泣いていた。最悪なタイミングだと思った。でも彼はハンカチを差し出して、何も言わずに聞いてくれた。その沈黙で、好きになった。
泣くつもりなんて、なかった。
3回目のデートだった。with で出会って、1回目は恵比寿でご飯、2回目は下北沢をぶらぶら、3回目は中目黒の川沿いのカフェ。だんだん打ち解けてきていて、この日はもうほぼ普通に話せていた。
彼——ケンタくん、28歳——は聞くのが上手な人だった。自分から話すというより、こっちの話を引き出す感じ。「それで?」「どうしたんですか」と相槌が自然で、話している側が気持ちよくなるタイプ。
カフェモカを飲みながら、仕事の話をしていた。仕事の話から、上司の話になって、上司の話から、なぜか父親の話になった。
「うちの父も、こだわりが強くて……昔から」
そこまで言って、詰まった。
父は去年の秋に死んだ。
言わなきゃよかったと思った。でももう口に出してしまった。会ったばかりの人に、3回目のデートで話すことじゃない。気まずくなる。重くなる。彼に申し訳ない。
「……あの、ごめんなさい」
謝ろうとしたら、目の端が熱くなった。
だめだ、と思った時にはもう遅かった。
涙が出た。声は出なかった。でもカフェモカのカップを持つ手が震えて、テーブルに置いて、鼻の頭がツンとした。
どうしよう、どうしよう。消えたい。
ケンタくんが何か言うかと思った。「大丈夫ですか」とか「どうしたんですか」とか。それが普通だと思っていた。
何も言わなかった。
ただ、白いハンカチをそっとテーブルの上に置いた。自分の方に向けて。
それだけ。
「……ありがとうございます」
受け取って、目を押さえた。ハンカチから、柔軟剤のほのかな匂いがした。きちんと洗ってある。ちゃんとアイロンをかけてある。折り目がついている。
「お父さん、亡くなったんですね」
しばらくして、ケンタくんが言った。断定だった。聞くわけでもなく、慰めるわけでもなく、ただ言った。
「……はい。去年」
「そうですか」
それだけ。それだけだった。「つらかったね」も「大変だったね」も言わなかった。ただ、カフェモカのカップを持ちながら、ゆっくり窓の外を見ていた。目黒川の向こうに、裸の木が並んでいた。
「話せますか。もし嫌なら全然いいですけど」
嫌じゃなかった。嫌じゃなかったけど、話せるかどうかは自信がなかった。でも話し始めたら、止まらなかった。
父が病気になったこと。入院して、半年で逝ったこと。最後に会ったのが夏の終わりで、その時はまだ普通に話せたこと。でも次に会いに行った時にはもう意識が薄くて、最後に「ありがとう」って言えたかどうか、今でも自信がないこと。
ケンタくんはずっと聞いていた。相槌を打ちながら。カップを両手で持ちながら。「なるほど」とか「うん」とか、短い言葉だけで。
「……すみません。こんな話」
「謝らなくていいですよ」
「3回目のデートですよ」
「うん。でも話してくれてよかった」
「普通、引きますよね」
彼は少し考えてから言った。
「引かない。……引けないっていうか、引く気にならない」
意味がすぐにわからなかった。
「引いたら、これ聞き損じゃないですか。ちゃんと話してくれたのに」
おかしな理由だと思った。でも胸の奥が、じわっと熱くなった。
カフェモカが冷めていた。でも飲んだ。苦かった。苦さが喉を通って、今まで詰まっていたものが少し流れた気がした。
「ハンカチ、洗って返します」
「あ、いいですよ。持ってて」
「いやでも」
「じゃあ……また会う口実にしてください。返しに来る、みたいな」
声がうわずった。わかりやすすぎる返し方だと思ったけど、それがかえって、なんか、良かった。
4回目のデートの時、洗ってアイロンをかけたハンカチを持って行った。返す前に、少しだけ迷って、お揃いのものを買っておいた。紺色の、同じブランドの。返す時に一緒に渡したら、ケンタくんは「なんで2枚あるんですか」と言った。
「次に私が泣いた時のために」
「……次も泣くんですか」
「泣くかもしれないので」
「じゃあ俺がちゃんと聞きます」
その顔が、まっすぐだった。
泣いてよかった、と初めて思った。お父さんのことを、ちゃんと話せて、受け取ってもらえた日のことを。
グズグズしたままでも、誰かに側にいてもらえることがある。それを知ったのは、中目黒のカフェの、3回目のデートだった。
この記事を書いた人
27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。