6回目のデートで私からキスした。待つのが面倒になったから
三軒茶屋のバーを出た夜11時。withで出会ったナオキとの6回目。じりじりと動いて動き切らない空気に、私は先に動くことにした。
三軒茶屋のバーを出たのは、夜11時を少し回ったころだった。
外に出た瞬間、空気が変わる。煙草とアルコールが混じった店内の匂いから、十一月の夜の匂いへ。細い路地に街灯が落として、アスファルトが鈍く光っていた。Bar Bossanova、カウンター8席だけの店。私が最初に連れてきたくせに、すっかり「私たちの店」みたいになっている。
withで出会ったナオキ、29歳。今夜で6回目のデート。
6回、という数字をひとりで数えながら歩いていた。すでに割り勘は終わっていて、今日は彼が払った。ということは次は私が払う番。ということは——7回目があることを、彼も当然の前提にしている。
関係がじりじりと動いている。でも動き切らない。
それが一番、厄介だった。
帰り際の空気のことは、最初のデートから気になっていた。駅に向かう数百メートル、歩調が自然とゆっくりになる。彼の手が私の手のすぐ近くを漂って、でも握らない。別れ際、目が合う時間だけ不自然に長くて、それでも何も起きない。
5回。5回続いた。
人によっては「じらされてる」と感じるのかもしれない。でも私が感じていたのは焦れったさではなく、どちらかというと——消耗。「今夜こそ何かあるかも」という期待を毎回チューニングして、毎回ニュートラルに戻して帰る。その繰り返しが、静かに体力を削いでいた。
「次の角で左折したら駅です」
そう口にしたのが、この夜で何度目かわからなくなっていた。3回か、4回か。この街の地形を体で覚えてしまっている。三宿の交差点を渡って、コンビニの前を通って、改札まで徒歩四分。
夜風がマフラーの端を持っていった。十一月の風は冷たいのに乾いていて、唇がすこしひりついた。空を見上げると、雲が薄くかかっていて、月がそのむこうで白くにじんでいた。
角を曲がった。
FamilyMartの明かりが視界に入ってきた瞬間、彼が立ち止まった。私も止まる。なぜかわかる。5回繰り返してきたから、このパターンを体が知っている。彼の表情が少し変わるのも、視線が私の顔のあたりを漂うのも。
「あの、今日も——」
言いかけた声を、止めた。
私が先に動いたから。
キスした。
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正直に書く。ドラマみたいな緊張感は、なかった。心が高鳴って、どうしようもなくなって、みたいな感覚も、別になかった。あったのはもっとフラットな何か。「このまま『今日もありがとう』『楽しかった』『またね』を繰り返すのに飽きた」という、それだけに近い感覚。飽きた、というより——もったいない、か。この時間も、この人のことを面白いと思っている気持ちも、全部。
好きかどうか、まだはっきりわからなかった。それは本当のことで、6回会っていてもまだ「この人だ」という確信には届いていなかった。でも「違う」とも思っていなかった。好きと「違うかも」がずっと同時にあって、その曖昧さの中でじっと待ち続けるのが、どうにも性に合わなかった。
動いてみれば、少なくとも答えが一つ出る。
彼の声が止まった。
数秒。風の音だけがあった。
「……やばい」
小さな声だった。
「なんで」
「なんでって、そりゃ……心の準備してなかった」
「5回も猶予あったじゃないですか」
「それはそうなんですけど」
言い訳を探しているような顔をして、でも全然怒っていない顔をしていた。
「次もそうなる気がしたので、私が先にしました」
「めちゃくちゃ正直だな」
「嫌でした?」
「全然。全然、嫌じゃなかったです」
彼が笑った。困ったような、照れたような、何かから解放されたような、三つが全部混ざった顔で笑った。私も笑った。FamilyMartの前で二人してそこそこ笑っていたから、通りすがりの大学生っぽい男の子がちらっと見て足を速めた。気にしなかった。
「帰ろ」と私が言った。
改札まで歩く間、彼が手を握った。今度は、握った。5回握らなかった手が、6回目の夜にようやく私の手を包んだ。特別なことは何もなかった。ただ、さっきまで漂っていた宙吊りの感じが、すとんと消えた。
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withのトーク画面には、翌朝メッセージが来ていた。
「昨日ありがとう、また会いたいです」
「会いましょう」と返した。三秒で。
7回目は、渋谷のLa Brasserie FGOで夕食を食べた。割り勘じゃなくて、私が払った。8回目の約束をしながら店を出た。帰り際の余計な緊張感は、もうなかった。「何かが起きるかもしれない」という期待値のチューニングをしなくていい帰り道は、ただ歩くだけでよかった。
今ならわかる。あの夜の私は、勇気を出したわけじゃなかった。ただ「このまま続けるコスト」と「動いてしまうコスト」を比べて、動く方を選んだだけだ。
待つことが美しいと誰かが決めたのかもしれないけれど、私には合わなかった。待ち続けることで守られるものより、先に動くことで始まるものの方が、ずっとリアルに感じられた。
「動かない人のために止まっていても、時間だけが過ぎる」——それが6回目の夜、三軒茶屋の角で私が出した、今のところ唯一の答えだ。
この記事を書いた人
27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。