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3回目のデートのカラオケで、彼は最初にわざと下手に歌った

Tinderで出会って3回目、カラオケが怖かった。気になってる人の前で声を出すのが苦手で。でも彼——翼くんが最初に入れた曲を、わざとひどく歌い始めた。全部わかって、泣きそうになった。マッチングアプリ体験談。

23歳・女性の体験
·橘みあ·5分で読める

カラオケに誘われた時、一瞬固まった。


「3回目のデートにカラオケどう?」と彼——翼くんがLINEで送ってきた。Tinderで出会って、1回目は下北沢でご飯、2回目は吉祥寺で映画を見て、3回目がカラオケ。


返信を打つ指が止まった。カラオケか。


私は歌が、得意じゃない。音程は合ってる方だと思う。でも人前で声を出すのが苦手で、特に気になってる人の前では喉が閉まる感じがある。


「行ったことあるの?」と翼くんが追加で送ってきた。


「ある。でも人前で歌うのちょっと苦手で」


「わかった。じゃあ別のとこにしようか」


「いや、行ってみる。怖いけど」


「怖くて行くのえらいじゃないですか(笑)」


「やかましい(笑)」


YMCAと、計算された下手くそ


土曜日の夕方、新宿のカラオケ店。個室2人用の一番小さい部屋。テーブルに炭酸水とジンジャーエール。消毒液のような香りと、密閉された空気の感じ。薄暗い照明の中、デンモクの画面だけが青白く光っていた。


まず曲を入れるのは翼くんがやると言った。私はデンモクを持って眺めた。何を入れるのかな、と横目で見ていたら、翼くんが「よし」と言って立ち上がった。


流れてきたのはYMCAのイントロだった。


「え、YMCAで始めるの」


「YES」


翼くんが歌い始めた。


ひどかった。


音程が外れてる、というより、意図的に外している。振り付けは完璧にやってるのに、声は真剣に音程を無視している。サビの「Y-M-C-A!」でポーズを決めながら、音がどこかに行っている。


笑った。声が出た。お腹が痛くなるくらい笑った。


YMCAが終わって、翼くんが息を切らしながら振り返った。


「見た? 完璧なやつ」


「最悪だった(笑) 何、あれ」


「下手に歌う練習、めっちゃした」


「え?」


「歌うの苦手って言ってたから。最初に俺がめちゃくちゃ歌えば、萌ちゃんが歌いやすくなるかなって思って」


喉の奥が締まった。


意図的だったんだ。あの絶望的な音程は、全部計算だった。


「……なにそれ」


「通じた?」


「通じた。でもなんかちょっと、待って」


「え、ダメだった?」


「ダメじゃない。ちょっとだけ待って」


炭酸水を一口飲んだ。冷たかった。喉の奥にちゃんと通った。目が乾いていく感じがした。乾いてるということは、滲んでいる。23歳がカラオケで泣くのか、私は。


「行く。歌う」


デンモクを取った。あいみょんの「愛を伝えたいだとか」を入れた。


小さなやさしさは、大きな言葉より遠くまで届く


歌った。


途中、声がうわずった。でも歌った。翼くんは椅子に座って炭酸水を飲みながら聴いてた。「頑張れ」とも「うまい」とも言わなかった。ただ聴いてた。


サビが終わった時、翼くんが「うまいじゃん」と言った。小さく。お世辞じゃない声で。


「うまくないよ」


「俺より全然うまい」


「それは比べる相手が悪い(笑)」


次の曲、翼くんが入れた。back numberの「水平線」。今度は真剣に歌った。音程が合っていた。声がいい。ちゃんと歌える人だ。


最初のYMCAと、この「水平線」のギャップに、あらためて腹が立った。いい意味で。


「最初からそっちが本当の実力でしょ」


「ばれた?」


「ばれてたよ、最初から。でも嬉しかった」


翼くんが少し照れた顔をした。耳の先が赤い。薄暗い個室の中で、その赤みがなんかはっきりわかった。


3時間カラオケして、最後の1曲は2人でスピッツの「チェリー」を歌った。お互い音程が合ってて、でも恥ずかしくて途中から笑いながら歌った。マイクを持つ手が、少しだけ震えていた気がする。


店を出て新宿の夜道を歩きながら、翼くんが「楽しかった?」と聞いた。


「楽しかった」


「怖くなかった?」


「最初だけ。あのYMCAのあとは全部大丈夫だった」


「そのためのYMCAだったので」


横断歩道で信号待ちしながら、翼くんの横顔を見た。コートの襟を立てて、街灯の光を受けて、少し口角が上がっている。新宿の夜の喧騒が遠くで聞こえていた。


自分が緊張しているのを隠して、私のために下手に歌う人が、世の中にいるんだ。


小さなやさしさは、大きな言葉より遠くまで届く。

よくある質問

彼が最初にわざと下手に歌ったのはなぜですか?
歌が苦手で人前で声を出すのが恥ずかしいと事前に伝えていた話者のために、先に自分がへたくそに歌うことで緊張をほぐそうとしたのです。「作戦だった」と話者はすべて分かって、泣きそうになったと書かれています。
カラオケへの誘いを承諾したのはなぜですか?
「怖くて行くのえらいじゃないですか(笑)」という彼の一言があったからでした。「行ったことあるの?」「苦手で」「じゃあ別のとこにしようか」「いや、行ってみる」というやりとりが記事に描かれています。

この記事を書いた人

橘みあマッチングアプリ体験談ライター

27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。

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