恋のアーカイブ
恋愛体験談Tinder

初めて泊まった朝、彼が「証拠動画」を見せてきた

5秒の動画に映っていたのは、大きないびきをかいている私だった。

28歳・女性の体験
·橘みあ·4分で読める

外苑前の銀杏並木は、11月になると黄色に染まる。


Tinderで知り合った彼と飲みに行ったのが外苑前で、2軒目を探しながら歩いていたら銀杏並木に出た。夜でも葉が黄色くて、地面に落ちた葉が積み重なっていた。足で踏むたびに乾いた音がした。「きれいですね」と言ったら、「葉っぱより君の方が明るいけど」と彼が言った。「その台詞、どこで覚えたんですか」と聞いたら「今考えた」と言って笑った。


2軒目に入ったバーで飲み続けて、気づいたら終電がなかった。


「三軒茶屋に住んでるんですが」と彼が言った。「来ますか?」。


「行きます」と言った。自分でも少し驚いた。


---


タクシーで三軒茶屋の彼の部屋に着いたのは、深夜1時過ぎだった。


築10年くらいのアパート。1LDK、こじんまりしているけど片付いていた。本棚に文庫本が並んでいて、CDが数枚積んであった。「本、読むんですね」「まあ少しは」「CDも」「プレイヤーないのに捨てられなくて」。


ソファでしばらく話した。ビールをもう一缶飲んで、気づいたら日付が変わっていた。「布団、敷きますね」と彼が言った。寝室に布団を一枚敷いてくれた。「俺はソファで寝ます」と言うから、「いいですよ、同じベッドでも」と言った。自分でも少し驚いた。


暗い部屋で、天井を見上げながら、それでも眠れなかった時間がある。隣で彼の寝息が聞こえ始めたとき、「ちゃんと眠れてる人だな」と思った。それから私も眠れた。


---


翌朝、目が覚めた。


横を見たら彼がスマホを見ていた。目が合った。「おはよう」と言って、何か含んだような笑顔をしていた。


「何ですか」と言ったら、「これ見てください」と言ってスマホを差し出した。


動画だった。5秒の。


私が寝ている。その音が、大きかった。いびき。明らかに、ちゃんとした。本格的な。


「……」


「証拠として撮りました」と彼が言う。「いびきする人と寝ても気にしないという証拠として」。


布団の中に頭を潜らせた。


「やめてください!」という声が布団越しに出た。彼が笑っていた。笑い方が、意地悪じゃなくて、ただ楽しそうだった。


---


「朝ご飯作りますよ」と彼が言って、キッチンに入った。


冷蔵庫から卵と食パンを出して、トーストを焼きながら炒り卵を作った。卵をかき混ぜる音が聞こえた。テーブルに並べて、インスタントのコーヒーを入れた。


「こんな感じしかないですが」「十分です」「いびき、本当に気にしないですよ」「証拠動画を保存するのはやめてください」「消してないです」「消してください」「消したくない」。


トーストをかじりながら笑った。炒り卵が思ったより美味しかった。バター多めだったのかもしれない。


「また来ていいですか」と言ったら、彼が「いびきかいてもいいなら」と言った。


「その条件おかしくないですか」


「おかしくない。証拠が増えるだけなので」


「……じゃあいびきかきます」


---


三軒茶屋のその部屋に、また行った。


証拠動画はまだ彼のスマホに入っていると思う。「消しましたか」と聞くたびに「消してない」と返ってくる。


寝ているところを撮られる関係。それが一番、油断している姿を見せているということだ。


油断させてくれる人のそばが、一番よく眠れる。


銀杏並木は、来年の11月にまた黄色くなる。また一緒に歩きたいと思っている。


証拠動画、まだある。消えていない。それが一番の証拠で、私たちが続いている理由だと思っている。


油断した姿を笑ってくれる人が、一番安心できる人だ。


朝、外苑前の銀杏を思い出す。あの夜、終電を逃したことが、全部の始まりだった。逃すべき電車は、逃した方がいい。


三軒茶屋の1LDKに、また行く。今度も、よく眠れると思う。


「いびきかいてもいいなら」と言って部屋に招いてくれた人が、今は一番安心できる人だ。条件をつけて迎えてくれる方が、無条件より正直で、怖くない。


銀杏並木をまた歩いた。


今年の11月、同じ外苑前を二人で歩いた。去年と同じ葉っぱの音がした。「去年もここ来ましたよね」と私が言ったら、「葉っぱより君の方が明るいって言ったやつ」と彼が言った。「今も同じこと思いますか」と聞いたら、「もっとそう思う」と言った。


「上手くなりましたね、その台詞」「練習してないけど」「嘘つかないで」「本当に練習してない」「じゃあ才能ですね」「それでいいです」。


積み重なった葉の上を歩きながら笑った。去年終電を逃した夜が、今年の11月に繋がっている。


逃してよかった電車は、あるらしい。


証拠動画の5秒が、私たちの関係の縮図だ。全部見せて、全部受け取ってもらえる。それが、一番軽い関係だ。


朝に炒り卵を作ってくれた人が、今も隣にいる。油断した夜の翌朝に、こういうことが始まる。

この記事を書いた人

橘みあマッチングアプリ体験談ライター

27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。

この記事が刺さったら、シェアしてください

恋愛体験談」はまだ 185 本あります

恋愛体験談をすべて読む

次の記事

「友達として」見送ったはずが、3ヶ月でカナダから毎晩LINEが来るようになった