4回目のデートで別れたくなくて「もう少しいない?」と言った夜
渋谷の10時半、終電まで2時間ある。「もう少しいない?」は、言えた。
「もう少しいない?」
その7文字を口に出す前に、3秒かかった。
渋谷の串焼き屋を出たのは22時半だった。4回目のデートで、3時間一緒に食べて飲んで話して、店の前の路地に出た。11月の風が少し冷たかった。宮益坂の方から風が吹いてきて、コートの襟を立てた。街の灯りと人の流れの中で、拓海と並んで立っていた。
「じゃあ、そろそろ」と拓海が言いかけたとき、聞こえた。自分の心臓の音。ドクドク、じゃなくて、どん、という感じの一回の音。それが「言え」という合図みたいだった。今しか言えない。
「もう少しいない?」
聞こえた。自分の声で言った。でも言った後、0.5秒で後悔した。重い?変かな?強引だったかな?4回目のデートで「もう少しいない」は早い?
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拓海とはTinderで出会った。
最初のメッセージは彼から来て、「プロフィールの映画リスト、全部観てます」だった。私のプロフィールに好きな映画を5本書いていて、それを全部観ているという人は初めてだった。「どれが一番好きですか」と聞いたら、「悩みます、でも強いて言えば花束みたいな恋をした」と来た。「なぜですか」「あの映画、好きでいることの重さを描いてる気がして」。
最初から、少し真剣な人だと思った。
1回目は恵比寿でランチ、2回目は代官山で映画、3回目は中目黒で夕食。毎回楽しくて、毎回帰り道に「また会いたい」と思った。2回目のとき、映画が終わってカフェでコーヒーを飲みながら「あのシーン、どう思いました?」と聞いたら30分話し続けた。3回目は中目黒で、川沿いを少し歩いた。水面が夜に反射して、足音が聞こえる静かな時間だった。
4回目の渋谷の夜。串焼き屋で枝豆を食べながら、ビールを飲みながら、彼の話を聞いていた。笑い方が好きだった。目が細くなって、肩が少し揺れる。話のテンポが私と似ていた。向かい合って座っていたのに、なんか近い感じがした。終わりたくなかった。それだけだった。
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「もう少しいない?」と言った後、拓海は一瞬止まった。
(やっぱり変だったかな)と思った瞬間、彼が「いるよ」と言った。声が少し柔らかくなった。「どこかのバー、入る?」。
「入る」と私は言った。声が少し震えたかもしれない。
渋谷の細い路地を歩いて、小さなバーに入った。カウンターに二人で並んで座って、ハイボールを頼んだ。狭い店で、肩が触れた。どちらも動かなかった。カウンターの上に、細い照明がともっていた。グラスが光を受けてゆらゆらしていた。バーテンダーが遠い席で別の客の話を聞いていた。
「あのさ」と拓海が言った。「俺も、まだいたかった」。
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気づいたら1駅乗り過ごしていて、彼の肩が温かかった
4回目のデートで飲みすぎた。帰りの中央線で気づいたら彼の肩に乗っかって眠っていた。起こしてくれなかった。1駅過ぎた荻窪で目が覚めた。
「え」
「言い出せなかっただけで。言ってくれてよかった」
喉の奥が、少しつんとした。言ってくれてよかった、という言葉の重さが、一拍遅れて胸に落ちてきた。
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深夜1時すぎまで話した。最終電車には乗らなかった。タクシーで帰った。
「来週会えますか」と彼から翌朝LINEが来た。「会えます」と返した。
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「もう少しいない?」という7文字を言う前の3秒は、今でも体が覚えている。心臓があのどん、という一回の音を鳴らした瞬間。言った後の0.5秒の後悔。そして「いるよ」と返ってきたときの、肩の力が一気に抜けた感じ。グラスの光がゆれていた夜。
言えてよかった。あのとき言えなかったら、あのバーカウンターの夜はなかった。ハイボールのグラスが光る、あの静かで濃い時間は。
好きだと伝えるより、もう少しそばにいたいと伝える方が、たぶん正直だった。
行動の一秒前に、心臓が答えを知っている。
バーを出た後、二人でしばらく渋谷の夜道を歩いた。
「タクシー、どこで捕まえますか」と私が言う。「あっち行けばいると思う」と拓海が言って、歩き始める。夜の渋谷はまだ人が多くて、でも串焼き屋の路地よりはずっと明るくて、歩きやすかった。
「さっき言ってくれなかったら」と拓海が言った。歩きながら、前を向いたまま。「帰ってたと思う」。
「うん」
「でも言ってくれたから、あそこに入れた」
「私も言ってよかった」
「次、どこ行きますか」と拓海が言った。「来週」と付け足す。
「どこでも」
「恵比寿、いくつか行ったことないとこある」
「行きましょう」
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タクシーを捕まえて、「またね」と言って別れた。乗り込んでから窓を見たら、拓海がまだそこに立っていて、手を振っていた。
私も振り返した。タクシーが動き始めて、その姿が小さくなった。
車の中で、窓の外を見ながら思った。「もう少しいない?」は正解だった。あと10秒悩んでいたら、言えなかった。タイミングは、考えすぎると消える。
好きな人のそばにいたいとき、それを言える勇気が全部だ。
帰宅してからLINEを確認した。拓海からは何も来ていなかった。でも翌朝、「今日も楽しかった。来週絶対行こう」と来た。あの夜は終わっていなかった。
この記事を書いた人
27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。