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恵比寿のカフェで騙された夜、後悔したPairsの危険人物の話

恵比寿のカフェで、普通のデートだと思っていた。コーヒーを飲みながら仕事の話をして、趣味の話をして。30分後、彼が切り出した。「資産運用の話があるんだけど」。Pairsで出会った投資勧誘の男は、笑顔で来た。

·橘みあ·6分で読める

正直に言う。投資の話を始められたのに、最後まで聞いていた。


Pairsでマッチして2週間。メッセージのやりとりは丁寧で、質問の仕方が自然だった。33歳、IT系のコンサルタント。写真は3枚あって、1枚目はカフェでノートパソコンを開いている横顔、2枚目は旅先の風景、3枚目は友達とバーベキューをしている集合写真。自然な写真だった。盛っている感じもなく、スタジオ撮影でもない。


プロフィールの自己紹介文も、ちゃんとしていた。「仕事はITコンサルで、クライアントの課題解決を一緒に考えるのが好きです。休日はカフェで読書するか、ジムに行くかのどっちかです。最近は村上春樹を読み返してます」。隙がない。でもそのときは「隙がない」を「しっかりした人」だと読み替えていた。


会話は順調だった。仕事の話をして、休日の過ごし方を聞いて、最近読んだ本の話をした。彼は村上春樹の『ノルウェイの森』について5分くらい語った。「ワタナベって、結局どの女性も幸せにできてないんだよね」と言われて、「あー、確かに」と返した。ちゃんと読んでる人だな、と思った。


カフェラテのカップを両手で包みながら、彼は少し間を置いた。


30分後、空気が変わった


「ちょっと、話したいことがあるんだけど」


声のトーンが、半段階下がった。それまでの軽い会話モードから、何かプレゼンを始める前の声に切り替わった感覚。営業の電話を受けたことがある人なら、わかると思う。「ここからが本題です」のあの空気。


「実は俺、本業とは別に資産運用やっていて」


胃の底が、すうっと冷えた。


「知り合いの紹介で始めたんだけど、けっこう利回りが良くて。月5万くらい不労所得が入ってくるんだよね」


コーヒーの味がわからなくなった。口の中が乾いていた。


「もし興味あったら、今度セミナーに一緒に来ない? 俺の師匠がすごくいい人で」


師匠。師匠という単語が出た時点で、頭の中で非常ベルが鳴った。マルチ商法か、投資詐欺か、どちらにしても「師匠」はやばい人の語彙だ。


笑顔のままだった


一番怖かったのは、彼が笑顔のままだったことだ。


「資産運用」の話を切り出すとき、彼の表情は変わらなかった。村上春樹の話をしていたときと同じ、穏やかな笑顔のまま。声のトーンが少し変わっただけで、表情は完璧にコントロールされていた。


作り笑顔じゃない。自然な笑顔。だからこそ、余計に背筋が冷えた。この人は、この話を何十回もしている。慣れている。目の前の相手がどう反応するかを、全部計算に入れた上で、あの笑顔を維持している。


「あ、いや、投資とかは全然興味なくて」


声が少し上ずった。自分でもわかった。


「そうなんだ。でも将来のこと考えたら、やっておいて損はないと思うんだよね。20代のうちに始めるのが一番効率いいし」


食い下がってきた。穏やかに。あくまで「あなたのためを思って」の体で。笑顔を崩さずに。


逃げ方


「ちょっとトイレ行ってきます」


席を立った。トイレに入って、個室のドアを閉めて、深呼吸した。手が少し震えていた。恐怖というよりは、怒りに近い感覚だった。2週間のメッセージも、村上春樹の話も、全部これのためだったのか。


個室の中で、選択肢を考えた。席に戻って「お会計します」と言うか。何か理由をつけて帰るか。はっきり「勧誘ですよね」と言うか。


結局、席に戻って、コーヒーを飲み干して、財布を出した。


「ごめん、このあと用事思い出して」

「え、もうちょっとだけ——」

「ほんとごめん。お会計、自分の分だけ払うね」


レジで660円を払って、店を出た。恵比寿の駅に向かって歩きながら、10月の風が頬に当たった。冷たかった。


後からわかった「違和感の種」


帰りの山手線の中で、彼のプロフィールを読み返した。


「クライアントの課題解決を一緒に考えるのが好き」。これ、営業トークのテンプレートだ。「一緒に考える」という言い方が、コンサルの人が使う説得の文法そのものだった。


プロフィール写真の1枚目、カフェでノートパソコンを開いている横顔。「仕事ができる自分」の演出。2枚目の旅先の風景写真は、人物が映っていない。本人の写真を増やしたくないのか、特定されたくないのか。3枚目の集合写真は、同じ種類の「仲間」かもしれない。


趣味が「カフェで読書」「ジム」。セミナー系の人たちがよく書くプロフィールの定番だ。自己投資、自己管理、効率。そういう価値観を前面に出す人には、一定の確率で勧誘目的が混ざっている。


全部、後からわかったこと。その場では気づけなかった。彼の笑顔と村上春樹の話が、違和感のセンサーを鈍らせていた。


「やばい人」は怖い顔で来ない


恵比寿のカフェの一件で学んだのは、「やばい人」は笑顔で来るということだ。


怖い人は避けられる。見るからに怪しい人は避けられる。でも、プロフィールがまともで、会話が楽しくて、笑顔が自然な人が「師匠に会わない?」と言い出したとき、人は判断が遅れる。「この人はいい人だ」と思い込んだ後に出される本題は、警戒のハードルが下がっている分だけ危険だ。


Pairsで1年間使って、投資勧誘以外にも危ない人に会った。土日に絶対会えない人(既婚者だった)、1日50通LINEが来る人(依存型だった)、初デートで家に誘ってきた人。それぞれの話は、また別の機会に書くと思う。


今回書きたかったのは、投資勧誘の話だけだ。恵比寿のカフェで、カフェラテを飲みながら「師匠」と言った彼の笑顔が、半年経った今でも頭に残っている。


今でもPairsは使っている


誤解してほしくないのは、Pairsが悪いわけじゃないということだ。あの1年で、ちゃんと良い出会いもあった。投資勧誘に遭遇する確率は、体感で100人に1人くらいだと思う。


ただ、その1人が、完璧な笑顔で来る。プロフィールに違和感がほとんどない。2週間のメッセージで信頼を積んでから本題を切り出す。そういう手口を、知っているかどうかで対処速度が変わる。


私は30分かかった。「資産運用」と言われて、「師匠」と言われて、トイレに逃げるまで30分。もっと早く席を立てたはずだ。


もし次に同じことがあったら、「師匠」が出た瞬間に「お会計お願いします」と言える。そのためにこれを書いた。自分のために。あと、これを読んだ誰かが、恵比寿のカフェで30分を無駄にしなくて済むように。


660円の授業料だったのに、まだ判断がつかない。

この記事を書いた人

橘みあマッチングアプリ体験談ライター

27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。

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