22歳の深夜23時、震える指で送った一行が、私の恋の始まりになった
Tappleで出会った彼のプロフィールに手が止まった。「旅先でその土地の作家の本を買う」——その一文を読んで、私は初めて自分からDMを送った。指が震えていた。息が止まった。それでも、送った。
画面を閉じた。
また開いた。
布団の中で、それを3回繰り返した。
Tappleを使い始めて3ヶ月。私はずっと待つ側だった。女性からメッセージを送らなくてもいい設計になっているから、それに甘えてた。積極的じゃないのは性格のせいじゃなくて、仕様のせいにしてた。今ならそれがわかる。でもあの夜、23時10分に布団の中でスマホを握っていた私は、自分でもよくわからない衝動に突き動かされていた。
彼のプロフィールに、こう書いてあった。
趣味:読書(最近は旅先で買ったその土地の作家の本を読むのが好き)、料理(得意なのは豚の角煮)、写真(フィルムカメラで撮ってます)。
写真は3枚。1枚目は屋久島っぽい濃い緑の中で撮った横顔。2枚目は手元のアップで、古い銀色のカメラを持っている。3枚目だけが顔の写真で、どこかのカフェで少し下を見ていた。
少し下を見てる男に弱い、と今回もそう思った。Pairsで好きになった人も同じ角度だったから、もはや自分の癖だとわかってる。なんで、とは思う。なんでなんだろう、と思いながら、でも手が止まった理由はたぶんそこじゃなかった。
「旅先で買ったその土地の作家の本」。
その発想が、すとんと来た。
私も旅が好きで、観光地を効率よく回るより、その街の空気を吸いながらあてもなく歩き回るタイプで、本屋に必ず寄る。鹿児島に行ったとき、天文館のアーケードの外れに小さな古本屋があって、そこで桜島について書かれたエッセイを見つけた。ページを開いたら桜島の灰の匂いがした気がして——していないかもしれないけど——買って、今も本棚の端に立てている。
彼なら、きっとわかる。
その感覚が、理由もなく、でも確かにあった。
「いいね」は送った。でもメッセージは来なかった。
人気なんだろう、と思った。こっちから動かなければ、流れる。マッチングアプリの中に漂って、そのまま見えなくなる。見知らぬ誰かとの間にあった、まだ何にもなっていない可能性が、音もなく消える。
23時10分。
十一月の夜で、窓の外は静かで、部屋はちょっと寒かった。羽毛布団を首まで引き上げて、スマホの画面だけが白く光っていた。
打った。
「プロフィール、旅先で本を買うって書いてありましたよね。私も旅先の本屋に絶対寄るので、なんか勝手に親近感を感じてしまいました」
指が震えていた。
文章を見直したかった。でも見直したら、絶対に送れない気がした。直すたびに言葉が丸くなって、私じゃない誰かが書いた文みたいになる。そういう経験が、なぜかすでにあった。
送信。
息が止まった。喉の奥が一瞬、変な感じになった。既読がついていないのに、10秒おきに画面を開いた。ホーム画面に戻って、また開く。戻って、また開く。バカみたいだとわかってた。でも止められなかった。
10分後、既読。
そして、返信。
「おお! 本屋わかります。先週青森行ったんですけど、まず本屋を調べて旅程を組む感じです。旅先で地元の人が書いた本を買うと、その土地がもっと立体的に見える気がして」
来た。
首の後ろから耳にかけて、一気に熱くなった。布団の中なのに、なんか、暑い。返ってきた、ということと、しかも話が合いそう、ということが、同時に押し寄せてきて、喉が乾いた。うれしい、じゃうまく言えない感覚。なんか、よかった。それだけしか浮かばなかった。
「青森、行ったことないんですけど、どこがよかったですか?」
「奥入瀬渓流は絶対行ってほしいです。あと弘前に素敵な古本屋があって」
「弘前、お城があるところですよね」
「そうです。桜の季節は人が多いけど、冬に行くと静かで全然違う顔してて」
そのまま1時間、話が続いた。旅の話から、本の話に戻って、好きな作家の話になって、気づいたら0時を過ぎていた。普通に平日だった。翌朝が普通に仕事だった。でも画面を閉じたくなかった。
これ、好きになるやつだ。
そう思った瞬間に、でも、まだ会ってもいない、というもう一つの声も聞こえた。両方、本当だった。
2週間後、初めて会った。渋谷の「Fuglen Tokyo」で待ち合わせて、お互いが好きな本を1冊持ってきてプレゼントし合おう、という彼のアイデアで。私は鹿児島で買ったエッセイを持っていった。彼は沖縄で見つけた、沖縄の建築について書かれた写真集を持ってきた。
交換した瞬間、二人で笑った。
言葉にしなかったけど、なんとなく、ちゃんと合いそうだと思った。コーヒーの匂いのする午後で、窓から代々木公園の方向の木々が見えて、彼はアメリカーノを飲んでいた。私はオレンジジュース。なんでオレンジジュース頼んだんだろうと少し後悔したけど、でも笑った記憶の方が強い。
先にメッセージを送る恐怖は、今もわかる。「無視されたらどうしよう」「変なやつと思われたら」「ブロックされたら」——全部、リアルだった。小さくないと思う、あの怖さ。
でも最悪のケースは「無視される」だけ。それはひどいけれど、私自身は何も変わらない。一方で、送らないままでいたら、確実に何も始まらなかった。
送ったから、会えた。
会ったから、話せた。
話せたから、好きになった。
「仕様に甘える」のをやめた夜、私の恋はそこから始まった。あの震えた指が、全部の入口だった。
怖くて当然。それでも、送った一行が世界を変えることがある。
この記事を書いた人
27歳・東京。Pairs・with・Tinder・Omiai・タップルを延べ3年間使用。マッチングアプリで3人と出会い、2回失恋した経験をもとに執筆。失恋した夜に誰かのブログで楽になった経験から、このサイトを始めた。